先日、自転車の講座を受けた関係で新しく知り合いが出来ました。その方は元々、某大手量販店のアウトドア部門を担当していたそうです。そこで自転車に関わる事があり、メカニック的な仕事を始めたのがきっかけでプロのレースなんかにもメカニックとして同行したり、イベントでも企画に携わり、脱サラしショップオーナーを現在されている方です。メカに対するこだわりに並々ならぬものを感じたので、早速自分の自転車の整備をお任せしました。表面的には、販売部門にいた事もあり講座の中ではコミュニケーションの大切さを説いておりました
でも、実際に自転車をお預けすると…
口癖のように「そうじゃなくて…」と言われるのです
メカニックという技術職であるから職人気質な方なのでしょう
私の返答や質問が100%その方の考え方と一致する事はないでしょう。なぜなら、技術を売る仕事と言うのはその専門性や特殊な情報を売りにしてるのですから。
私の返答や質問が100%その方の考え方と一致する事はないでしょう。なぜなら、技術を売る仕事と言うのはその専門性や特殊な情報を売りにしてるのですから。 でも、あまりに続けて否定をされると(あれ?そこまで自分の知識が無い?)と感じてしまいます。
それがもっと続くと、極端な話ですが人格まで否定されてるような気持ちになります。ひいてはこの店長印象悪いなとか、ここの店とは合わないなぁと感じてしまうのでは無いのかななんて思ってしまいました。もちろん、これは自分が知識が無いのを暗に示されてるのを心のどこかで感じている、自分の自尊心を傷つけられないように心が反応しているのは認識しているのですがどの客もそんな風に感じ取れる訳ではないでしょう
腕が良いのに流行らないのには、その辺の問題があるのではないのでしょうか。
例えば、この方の場合だと「そういう考え方もあるけどこっちの方が今回の場合は正しいかな」と言われれば印象が全く変わると思います。これは、相手の発言を専門的な言葉で言うと一度『受容』しているからです
サービスの技術として心掛け次第で自分が変えられる部分でもあります。コミュニケーションとなるどのお客様にも使えるものだし塵も積もればです。ただ、この方の場合一人で店をしているので他者からの評価をされたり相談出来る相手がいないのも難しい理由かもしれません。
今の私の仕事では兎角ここを非常に重点を置いて仕事をしているので、利用者の方、それこそ自分の家族への対応一つでも振り返ります
コミュニケーションに関連して、もう1つ最近実際にあった話。
フェイスブックでメッセージを前の職場の方とやり取りした際の事です。
相手「久しぶり!今、何してるの?」
私「今、精神科のデイケアで働いてるよ。〇〇さんと先日も通勤中あって声掛けられたよ」
相手「へぇ」
おわり。
これって、ほんとに会話?なのかと思わされました。そこから私は返信もしませんし、こいつはやっぱりバカかとも再認識しました。
何故連絡してきたかは、だいたいの予想はついてましたが…転職をしたいと言ってた彼だけど仕事先が見つからないので自分より不幸な人を探していたのでしょう。そう言い切れるのは、普段からの彼の言動です。「看護師って頭悪いやろ?」と看護師という職種の私に対して平然と言うし、人の失敗を家族に話して馬鹿にしてるという事をわざわざ本人に伝えるという事までします。悪口や、人を貶める事でしか自分に価値があると言えないタイプの人です。だから私は深く関わらないし、付き合いたいとも思いません。連絡が来て返信をして不快な気持ちにしかならず時間を無駄にしたとさえ感じました。
ただ、ただかわいそうとは同情しますが。彼の生育歴を考えると、一般の家庭でありながら医者の兄を持ち、よほど比較されてきたんだろうし、自分でも気付かないでうちうちに秘めてたんだろうなぁ。とだったら医療ではなく別の道を探せば良かったのにと。
口は災いの元と言いますが、口から出るのは私『
わたくし』(自我)とも言えます。言葉に言霊があるように、そこに人間模様が映し出されるのかもしれません。
よくよく言葉の使い方には気をつけたいなと思ったのでまとめてみました
