看護学校に通っている時、講師には学科毎に色々な医師や看護師などが様々な施設から教えに来ていました。働きながら、准看護師、高看護師の免許を取るため5年かけて学校を卒業した私は何人もの先生から授業を受けました。その中でも、特に印象に残っている先生がいます。
その先生は、医師であるけどお坊さんでもある先生でした。というのも、自分が重病にかかった時に神様が夢枕に立ったというのです。眉唾な話です
ただ、私自身その頃…海外ドラマにハマってて「lie to
me」(という人の嘘を表情で見抜くといったドラマ)の影響でじっくり顔を見てたけど、本気で言ってると感じました。「神さまは、おっかねぇ」が口癖の先生。
その先生の話しの中で、『縁』についての話しがありましたが看護師を含め医療職も仏門も業の深い仕事だと言ってました。
なぜか
それは、人の生き死にに関わる仕事だからです。
そして、続けて輪廻転生この人生では私があなた達に教える側ですが前世では反対の立場だったかもしれない。とのことです。他にも、邪気は首から入るから首とつくところを守らないといけない。首だけでなく手首、足首を守るよう。〝クビになる。首を挙げる。打ち首〟など命に関わるのは首からと言われてる。とか教えてくれました。
授業の内容よりも仏門の話しの方がよく覚えています。陰陽五行思想の話しもよく覚えていて、子どもの名前の由来もそこからとってたりします。仏教徒でもないのに
私は信心深くもないし、無宗教だけど宗教の絡んだ話しや古事記など神話の話が好きです。ゲームでも『ペルソナ』が最近買ったゲームであり、1番ハマったゲームのシリーズかもしれません。(その為だけにプレステ4も買ったのにソフトのパッケージを開ける間もないけど…。大人になってTVゲームを止めるのはこういう事かなとしみじみと感じる)
例えば、心理学を踏まえて仏教の教えを読んだりすると精通している部分があってスゲー
とか思ったりする訳です。だって、そういう学問もない時代にブッダは悟りを開いて気がついた訳ですから。それを1つの教えとして、心の芯とするのも1つの生き方なのかと思うのです。
時折、その1つの芯が相容れない物だから争いが起きるのですが…たぶんそれぞれの始祖や、開祖は、他者の思想は間違っているなんて言わないだけの寛容さは持ってたと思います。
ブログでも、SNSでもそうだけど…他者の思想や思考、意見が簡単に見られるようになりそれに対してすぐに批判や批評が現れる時代です。でも、ちょっと立ち止まって考えて欲しいけど…書いてたり、意見を出してる本人は至って真面目。
フィクション書くより思ったことを書いた方が簡単だもの。
こうやって、自転車に関わるブログを書いているけど…受け皿としては?需要としてはそんなに無いだろうなぁ〜なんて思いつつ自分の考えをつらつらと書いてる訳です。他の人のブログを読むと、意外と同じような体験に共感する事も多々あり、悩みも似てたりする事にほっとします。
自転車だけでなく、他の趣味でもそうですが…自分と他者の熱量の違いにヤキモキしたり苛立ちを感じる場合が少なからずあるでしょう。仕事や生き方でもそうかもしれません。
袖振り合うのも多生の縁
というように、私たちの出会うものは何も人間だけではないのです。食べてる食事であり、そこらに生えてる草木でも関わってる…と認識外の関わりまで入れるとカウントなんて不可能だと思うのです。
そんな中で縁あって私の想いがブログを通して通じた方には感謝を伝えると共に、少しでもわかってもらえて嬉しいと伝えたいです。