ここ最近、高校二年生として受験を強く意識するようになった。僕が通っている高校は地元では一番の進学校だ。(地元では!)結果として、かなり優秀な生徒が集まってくるので、彼らと話をしているといろんな方向から刺激を与えてもらえる。そこで最近話題になったのが、「海外と日本の受験」の違いだ。僕は高校2年初めで文系として日本の大学を受けようと思っていた。そこから、親の勧めもあり夏休みには慶応義塾大学商学部に行くことにしていた。しかしここ最近、友達と受験について話すことがあり、そこで衝撃を受けた。なんと海外の大学に行くというではないか‼️
突然の「海外」というワードに?しか頭に浮かばず、思わず、なぜ?と聞き返すと答えは意外とシンプルだった。
「アカデミックなことがしたいから。」
僕はこの一言に海外(アメリカや欧州、友達はアメリカの大学に行くらしい。なおこれ以後の海外はアメリカや欧州を指します。)と日本の受験の違い、さらには大学としての質の違い、そこからさらに国としての違いを感じた。
まず、受験の違い。
これは僕が受験生だから嫌でも意識してしまうのが、海外では基本、知識を問うもの(高校の成績、SAT、TOEFL といったもの)をあくまで基準
もしくは足切りとしてつかい、そこからさらにエッセイや面接で受験生に個性的な意見、意志を持っているかを確認し採用を決める。一方、日本では最近AOや推薦が増えたものの、その中には耳を疑う話をあるし(金魚とか…)、結局メインは一般入試だ。では、一般入試で何を問うかというと知識だ。よくここで出る反論は「全ての教科において読解力や思考力が必要である。」というものである。しかし、僕はこれには断固反対する。なぜなら、多くの受験生は自身の志望校の過去問を解き、傾向と対策を見抜き(もしくは塾で教えられる)そこから得られる入試の型に沿って問題を解いているだけだからだ。ここで僕がいう型というのは、入試の実施方法という意味での型ではない。むしろ、入試の中身、解き方としての型だ。
この問題にはこれ、その問題にはそれといった型を当てはめるだけの受験、それは果たして思考力や読解力を測るのに最適なテストなのだろうか?また、そこから受験生個々の意思や意見といったものを引き出せるのだろうか?
そして、僕はこの違いから大学の質にも違いが出ているように思う。これは有名な話だが、海外の大学は入ることよりも出るのが難しい。つまり、大学生は勉強をするもの、友達の言葉を借りると「アカデミックなことをするもの」と捉えられている。一方、日本の大学では多くの学生は遊んでおり、大学は一種の就活予備校となっている。この状況でどちらが質の良い大学であるかは明白であろう。
ここからさらに国の違いも現れると思う。現在、日本の実質賃金は下がりっぱなしである。(他の先進国はグイグイあがっている。)ここには他の経済事情も考えられるのだろうが、根本には教育の違いが考えられないだろうか?