ども、最近、地声低音化運動を実施している7番です。


って言っても、家で低い声を意識的に出してるだけなので、


今のところ成果は出てません・・・。


声が低くなる方法募集中です。


目標は麒麟の川島です。


多分、それは無理です。


でも、目標は高い方がいいのです。



さて、今日は高校入試があったとか。


懐かしいですねぇ、何年前の話だろ?


私、高校入試は冒険して自分のレベルより高い高校を受験したんですよ。


しかも、その冒険を決意したのは中3の1月・・・。


しかも、中3の3学期ってほとんど毎日帰宅せず、


5番ともうひとりの3人で遊んでたなぁ。


5番も私と同じところを受けたんだけど、


彼は内申的にも妥当だったのよ。


私と違ってさ。


でも、遊んでると、


5番も遊んでるから俺も遊んでも大丈夫だろ的な


訳わからないことを考えてた。


俺、冒険なのに(笑)


それで私、試験前日すらも遊んでたなぁ。


なのに、良く受かったなぁ。


受からなかったら、バスケ上手くなってなかったし。


今みたいにこんなに好きになるかもわからなかったし。


バスケ部の方々と会うこともなかったし。


きっとこうなる運命だったんでしょうね。


私、運命論嫌いじゃないんですよ。


ただ、すべてが運命とは思いませんけどね。


原因が結果を生み、


結果が又原因となる。


世の中は原因結果の連続だ。


しかし、すべてがそれで説明できないことだってある。


何故、そんな原因ができたのか?


何故、そんな結果になったのか?


そんなことわかる訳無いから、運命って言葉ができたんだろうね。


こうなることは始めから決まっていたのだよ。


それが運命。


都合のいい言葉だな。


ま、でも世の中には運命としか考えられないこともあるから、


私は運命論を否定はしない。


絶対肯定じゃないけど、やや肯定かな。


なぜなら、すべてが運命というわけではないから。


コレ、さっきも言ったけどさ。


っていうか全てが予め決まってるなんて考えたらさ、


何ていうか、つまんないじゃん。


自分で悩み抜いて決めたこととか運命によって決められてる、


とかって、運命的にあらかじめ決まってたいうのがイヤ。


こういうときって運命じゃないと私は思いたい。


むしろ世の中は運命を創るためにあるのかもしれない。


運命を創る。


そう思ったほうが人生楽しいじゃん!


あらかじめ定められてる運命と、


自らが創る運命。


運命には2種類あるのさ、この世にはな。


以上が私の運命論に関する考察です。


あ?


そういや何でこんな話に?


別に酔ってないよ。飲んでないし。


ま、矛盾してる感はあるけど気にしないでね。


でも、何でこんな話になったんだろ?


ま、いっか。


これもまた運命というものか。


・・・どっちの運命だ?