謎の契丹文字 刻む石碑 日本・モンゴル合同隊が新発見 | モジログ

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「疑似漢字」150字 解読へ手がかり

10~13世紀にかけて、現在の中国北部とモンゴル高原にあたる地域を支配していた半農半牧の民族・契丹。彼らが使いながら、解読がほとんど進んでいない「契丹文字」が刻まれた新しい碑文を、日本とモンゴルの研究者がモンゴル国南部で発見したと、学術調査隊「ビチェース(モンゴル語で碑文という意味)III」が、このほど東京で発表した。未解明な部分が多く、なぞに包まれた契丹文字の解読につながると期待されている。

大谷大の松川節教授(モンゴル史)によると、契丹文字には「大字」と「小字」がある。契丹大字は、一つ一つの文字がそれぞれ意味を持つ表意文字。契丹民族の王朝・遼(916~1125年)を建国した耶律阿保機(やりつあぼき)によって920年に公布されたという。一方、契丹小字は阿保機の弟の耶律迭剌(てつら)が創作したとされ、文字が音を表す表音文字と推定されている。いずれも漢字を元に考案された「疑似漢字」だ。

契丹大字は、これまでに異体字を含めて1600~1700字程度が知られているが、そのうち、読み方が推定されているのは188字しかない。一方、契丹小字は6割の読み方が推定されているものの、全体的にみて、「契丹語の解読は到底十分とは言えない」と松川教授。

解読が進まない最大の理由は、契丹文字に関わる資料の絶対数が少ないことだ。これまでに確認されているのは、墓に収めた「墓誌」(契丹大字と小字のものをあわせて45点)を中心に、せいぜい銅鏡、印章など。一般的に、古代文字解読の手がかりになるとされる、他の言語との対訳語彙(ごい)集や、仏典などが見つかっていないことも解読を遅らせている。

今回見つかった石碑は、縦約180センチ、幅54センチ、厚さ30センチの花崗岩(かこうがん)製。縦書きで7行、約150文字の「契丹大字」が刻まれていた。

冒頭には、以前発見された他の墓誌にも刻まれている「清寧」という年号が入った「清寧四年(西暦では1058年)八月一日」という記述が確認された。特定の人名や称号なども判読されているという。

詳しい内容の解明は今後の課題だが、「同じ時代の他の古代文字と比較すると、漢語との対訳語彙集がある女真語や、漢語から翻訳された仏典資料を有する西夏語と異なり、資料面で制約がある契丹語の解明は格段に難しい」と、東京外国語大の荒川慎太郎准教授(西夏語学・疑似漢字)。さらに、紙の資料がほとんど存在しないのも契丹文字の特徴で、「今後もわずかな資料でさえ出土・発見に期待がかかる」という。

碑文は、ドルノゴビ県のブレーンという土地にある積石塚(オボー)で見つかったことから、「ブレーニィ(=ブレーンの)・オボー契丹大字碑文」と名付けられた。現在はモンゴル・ウランバートルの国立博物館に移管・展示されている。

契丹や遼の歴史に関しては、まだ、よくわからない部分も多い。契丹文字の解読が進めば、それらにも新たな光をあてることになりそうだ。

出典:朝日新聞