こんにちは飛び出すハート

今日は小説ふうの冒頭で始めてみます。

もしあなたが18世紀ウィーンに暮らしていたら。こんな街の風景の中に「彼」を見つけることがあったかも昇天

 

 

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1781年――ウイーン

 

ある夏の昼下がり。砂ぼこりの立つ街角の広場で、ひとりの男性が街の掲示板にチラシを貼っています。

 

近寄ってみると、どうやら下宿先を探すチラシのよう。今いるところから、もっと条件の良いところに移り住みたいのかな?

 

件のチラシはこれ。

 

 

なるほど・・・え?

 

モーツァルト?!

 

こちらの漏れた声が、背中越しに男性にも聞こえたよう。

 

つま先立ちになって腕を伸ばし、やっと空いていた高い位置に貼ろうとした手を止めて、男性は振り返りました。そしてそれは間違いなく、新進気鋭の音楽家モーツァルトでした!しかし彼はすぐに向き直って作業に戻ると、今度はチラシにピンを差し始めました。

 

何も言われないのをいいことに、しばらく背中をじっと見つめてしまいました。

 

すると突然、砂ぼこりが目にしみるのか逆光のせいなのか、眉間にしわを寄せながら振り返ると、こちらに早口で聞いてきました。

 

「で、なに?」

 

わ、びっくり!!

不躾に眺めていたこと、

気づかれていたみたいです。

 

「えと・・・ファンなんです、あなたの」

 

やっとの思いで言い終わった割にはうわのそら、こちらの話なんて聞いていないかのようでした。

 

「へえ・・・」

 

目の前の「モーツァルト」は、まるでパパラッチか何かをみるような目をして、変な取材とかやめてよ?とばかりに上から下まで一瞥し、すぐにチラシ貼りを再開しました。今度は左右バランスをチェックし始めている様子。

 

(怒られるかもしれないし)マズいかなと思いつつも、つい好奇心にかられ、続けざまに尋ねました。

 

「あの・・・下宿を探してるんですか?」

 

「パパが今の下宿はダメ!もう絶対にダメ!ってずっと言ってくるから。仕方なく」

 

意外にあっさりと返答されてちょっと意外。

気難しそうに見えて「いい人」なのかも…

 


 

「なかなか条件が厳そうですね」

 

こちらの率直な感想に

 

「そりゃそうだよ!」

 

とモーツァルト。

 

 

「しかも最初と最後を除いて食事関係・・・」

 

数歩下がってチラシをまじまじと見ながら、

「ああ確かにそうだね!僕全然気づかなかった」

と言いました。

 

「いや食事のことばっかりですけど笑」

 

「でも本当にそうなんだ。”昼食は〇時”とか”夕食は○時”とか、決められるのって無理なんだ。クリエイティブな仕事に「規則正しく」なんて向かないのさ。ノッている時は食事でも中断されたくない。もう空腹でいい。だって逃げられたら困るから!」

 

「逃げられるって?」

 

「音楽に決まってんだろ」

 

「ああ・・・」

 

「料理は質素でいいんだ。逆に満腹になったら眠くなるし。あとはそうだね・・・欲をいえば、食後に旨いコーヒーが1杯出たらいいかな。そしたらクソマズい料理だって全てチャラになる」

 

 

 

この言い方は間違いなくモーツァルト本人です。

だからこそ、こちらも欲が出てしまって、何とか会話を引き延ばしたくなりました。

 

「そんな理想的な下宿なんてあります?」

 

 

「あるわけないよ」

 

「へ?」

 

「と、わかった上で書いている」

真顔で言うモーツァルト。

 

 

「そ、そうなんですか?」

 

「あったらあったで困る・・・」

 

「え?今なんて?」

 

「いいんだ、こっちの話」

 

「はあ」

 

 

「実際あるんだ。少なくともこの地球上に2軒はある」

 

「そこに行ったらいいのでは」

 

「そのうちの1軒に、まさに住んでるんだよ」

 

「じゃあ、あとの1軒は?」

 

「ザルツブルクの僕んちだよ!だから無理」

 

「なるほど、そうでしたか。ではどうしてお父さんはそんな都合の良い今の下宿ををわざわざ引っ越せと?」

 

 

一瞬、沈黙するモーツァルト。

 そして不服そうな声でこう言いました。

 

 

 

僕が下宿先の娘と

仲が良すぎるんだとさ!

 

 

 

彼はチラシを貼り終わり、

そっけないトーンで「じゃどうも」

 早足で歩いて行きました。

 

 

「理想的な下宿、見つからないといいですね」

 

遠ざかっていく彼の背中に、

そっと話しかけました。

 

 

 

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新しい下宿だと、やはりいろんな便宜はなくなるでしょう。

ーー特に食事のことで。

 

(今の家では)ぼくがどうしても書かなければいけない時は、ぼくの望みどおりに食事を持ってくれたので、部屋着のままで書きつづけ、それから別の戸口から食堂に入ることもできました――夕食にも昼食にも。


今度は、お金は出したくないし、食事を自分の部屋に持ち込ませたくないとすれば、着替えに少なくとも1時間を無駄にして(これはいつもは午後ぼくの仕事だったのに)、出かけなければなりません。

 

――殊に夜などは、ご存じのように、

ぼくは大抵、空腹のまま書きます。


(1781年8月1日 ウイーンより父へ)

 

 

独身ひとり暮らしの「ごはん問題」は大きい。

モーツァルトの場合もそうだった。

 

外食となると、まず着替えが面倒くさい。

18世紀ウイーンでは普段着でコンビニなんて不可能だし、現代の部屋着と外出着の比じゃないくらい、外と内の服装に差のある時代だった。パジャマみたいな部屋着で街角をうろついてたら誰が見てせせら笑うか、それこそわかったもんじゃない。「おい!アイツついに狂ったぜ」

 

よし、ならばデリバリーだ!

ウーバーはないけど知り合いのデリなら配達可だ。

しかしこれが意外とかったるいもので。

ネットも電話もないのにどうやって頼む?

小間使い・下宿先経由で遣いにやらせる→

「それ自体がめんどくさい」で却下。

 

しかも仮に配達を頼んだとしよう。

来たら来たでどうなるかは目に見えてる。

 

アッハーー!

これはこれはマエストロ!!

お、ひ、さ、し、ぶ、り、でっ!!!

知ってます?

こないだ話したそこの横丁の貴族のバカ息子のパトロンの旦那の愛人のピアノ教師の話!の

つ、づ、き!

 

聞きたいでしょう?

聞きたくないですかあ?

聞きたいですよねえ?

 

正直マジでどうでもいい。

デリの主人はすでに椅子に落ち着いている。

 

「あ、じゃ、ワインでも・・・」

 

噂話好きの店主ならこうなる。

絶対、こうなる。

 

いやいやいや…

クソ忙しい時に居座られるのはお断りだ。

 

しまいには

「時間ない!もう何も食べなくていいや」

ってなるか、最悪2人の酔っ払いが出来上がってしまう。

 

ダメじゃん・・・

 

 

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さて話を下宿に戻しましょう。

モーツァルトの場合、お料理の「味」ではなく

なんと「タイミング」が大事だったんですね。

そこでがっちり彼の「腹時計」をつかんだのが

下宿の娘コンスタンツェ・ウエーバーです。

 

結局モーツァルトはその後、父親の言いつけに従って、彼女のいる「神の眼館」から引っ越していきます。ほんの数ブロック先ですが、とりま父親の顔は立てたということで。今度は純然たる「男の一人暮らし」です。

 

しかしこの引っ越しが2人にとっては転機となりました。一度離れたことで、かえってお互いが「かけがえのない存在」だということに気づかされたのです。特に食事のことで・・・

 

2人は、急速に絆を強めていきます。

彼は自宅と元下宿を頻繁に行ったり来たり。

おい食事問題はどうなったんだ?

と言いたくなるほどの通いっぷり。

外食は嫌だの配達はどうだの・・・

そんなこと、どうでもよくなりました。

 

そして見事にゴールイン。

下宿以上の「愛の巣」を作ったというわけ。

 

お父さんの失策といわざるを得ません。

お節介が裏目に出てしまったパターン。

しかし人の縁とはそんなふうに、どこかミステリアスな力学が働くのかもしれません。

 

その妻コンスタンツェですが、結婚後は彼女はそれほど家事をしなかったといいます。

 

モーツァルトという「アーティスト」と結婚するということは、家事よりもっと大事なこと(客人をもてなすこととか)があります。そんな2人の夫婦関係はちょっとレアなケースかもしれませんが、いずれにしても「これから!」という新進気鋭の作曲家だった当時のモーツァルトにとって「ごはん」は最も大切な物件探しの条件だったということは、間違いないと思います花

 

 

 

 

引用・参考文献:(※1)

『モーツァルトの手紙 その生涯とロマン(下)』 

岩波文庫  柴田治三郎 編訳