今日は終戦記念日です
今日は終戦記念日です、毎年8月15日が来ますと当時の事が懐かしく思い出されます。当時私は高等商船学校に在学中でした。私の昭和20年8月15日の日記の一部です。「8月15日12時重大発表があると言うので大号令台前に集合、スピーカーから君が代が流れ陛下からの詔書が伝えられる、スピーカーが悪いのか雑音で何の事か判断出来ませんでしたが前列の方からすすり泣く声が伝わり、皆が漏らす悲嘆の声で日本が敗れた事を知る、あと一年戦争が続いていたら命は無かったかも知れないと思いながらも、敗戦の寂しさを味わいながら虚脱状態で校舎に戻る」と書いて有りました。私は当時学生ですが海の特攻隊要員でした、日本は米軍の日本本土上陸を20年秋を想定していたように私は思います、何処に上陸しても攻撃出来る態勢で一人乗り木造船(当時船を作る鉄はありませんでした)「震洋」に爆薬250kgを装備、敵艦に猛スピードで突っ込む生きては帰れない海の特攻隊員の養成を急いでおりました、当時フイリッピンの特攻で既に2,000名程戦死しておりました、その特攻要員に私たち学生(後の国立商船大学生)1,800名が選ばれ「11月までに小型船舶の操縦可能ならしむべき教育を施せ」との命令が下されました、当時特攻で死ぬことは名誉だと思っておりました、今思えば洗脳されるという事は恐ろしいことだと思います。94歳、激動の時代を生き抜いて来た真実を思い浮かべつつ記する・・・・震洋は、日本海軍が太平洋戦争中盤以降に開発・実戦投入した特攻兵器。小型のベニヤ板製モーターボートの船内艇首部に炸薬を搭載し、搭乗員が乗り込んで操縦して目標艦艇に体当たり攻撃を敢行する。「震洋」の名称は、特攻部長大森仙太郎少将が明治名を取って命名した。