私にはずっと気になってた事がありました。
それは会社のお魚さん。
熱帯魚という魚類と過ごした経験のある私。
だからこそ、種類は違えどお魚さんには愛着があるんです。
お魚の種類は知らないけど、金魚たちやその子もラディやユノスたちと同じよう、自分の子みたいに見守ってきました。
最近、とても元気の無い子がいて
私はクロンボって呼んでたんだけど(初耳だ!)
朝の準備をしてる時に何か嫌な予感がした。
「今日が峠かな…」ってね。
一緒の水槽のお魚さんがクロンボをいじめてたみたいで
以前からひれはボロボロ、目は白内障のように白くなってました。
最近気付いたけど尻尾も曲がってるし…
とても痛々しい姿のクロンボ…
その白い目が、他人事のようには思えなくて(白い部分は除去したけど私も先天性の白内障だし)
目の前に手をかざしても全く反応を示さないクロンボが一日中心配でした。
仕事が終わろうかと言う19時前にFAXしに水槽の近くに立ち寄った時
課長とか係長達が水槽の前で話をしてたのを見かけたの。
とっさにクロンボだ…と思ってそっと見に行ったら
横たわってるクロンボが見えました。
でもまだ息はあって必死に呼吸をしてるクロンボ。
その横では
「まだ生きてる?だけどもう…
片付け終わったら埋めに行ってあげてね」
って言う声が聞こえました…
とっさに「まだ生きてますよ」って何度か言ったけど
「もうだめだよ。早く楽にしてあげり」と言われてしまう…
確かに埋めたら死ぬだろう
苦しいのも早く終わるかもしれない
だけどそれって…
…生き埋めって事……でしょ?
苦しがってたって、もうダメだって分かってても
必死で生きようともがいてる子のこの姿を見ても
どうしてそんな言葉が出るのかが、私には分かりませんでした。
この子の…クロンボの命は誰にも奪う権利は無いから
クロンボだって生きる事に諦めてるのならとっくに死んでるはず
なのにどうして命を奪う事言うの…?
皆さんペットを飼っていらっしゃる方達ばかりなのに
どうしてそんな事平気でいえるんですか…
例え魚だって、会社で飼ってる…というか会社で生きてる大事な命なのに
壊れたおもちゃのような言い方していいんですか?
苦しんでる姿を見たくない?
苦しむぐらいなら楽にさせたほうがいいってことですか?
それとも…
その折れた尻尾が…真っ白な目が痛々しいからですか?
だからと言って命を奪うのは殺人犯と一緒なんですよ。
結局、クロンボは酸素の無いバケツの中の水道水の中で一夜を過ごす事になりました…
「バケツに非難させたって酸素は無いですけどねー!」って笑いながらいえる小姑が
いろんな意味で悲しく思えました
もしクロンボが一人の人間だったら
そんな事は絶対言わないでしょう。
息があるのに埋めるなんてしてはいけないって分かるのに…
魚だって人間だって命は一緒
そう思うのは私だけですか?
理解してもらえない事がとっても悔しかった…
それ以上にいくら目上の人にだってもっと強くいえなかった私自身の弱さが悔しかったけど…
例え会社で飼ってるペットだとしても
最後まで責任を持って見守る事が
人間が勝手に自由を奪ってしまった、彼らにとっての
せめてもの償いなのではないでしょうか?
When you are living. many things happen.
Let me rephrase it.
Many things happenand that's why we are livings.
Isn't that right?
ラディ、ユノス、ラオスやルチオ、シャインにフレアとソーダ、アビス、ホリィへ。
クロンボのこと、宜しくね。
