最近、すごく思うことがあって。


私はずっと世間でいう「いい子ちゃん」「イエスマン」で育ってきたから、

自己主張というものが全く出来なかったんです。


自分が好きなものすら、分からなくなっていたし、

自分がやりたいことすら、分からなくなっていました。


でもこれは、「分からなくなっていた」というより、それを考えることをやめてしまった。

といった方が近いかもしれません。


なぜなら、考えてたって無駄だから。


どうせうまくいかない。

どうせ私なんて。

どうせ私が何か言ったって誰も聞いてくれない。


そんな風に、いつの間にか捉えるようになっていたんです。


それにすら、今まで気づきませんでした。


「いい子でいれば、愛される」

「イエスマンでいれば、波風が立たない」 

そんな思い込みを長年持ち続けた結果…


自分が一体何者なのか、

何で生きてるのか、

全くわからなくて、

死んだように生きていました。


でも根底では、

個性を持っている子や、自分が好きな子、自己表現をする子をとても羨ましく思ってたんです。


表面では作り笑顔でいい子ちゃんやって繕っているけど、

内面はずっとぐちゃぐちゃでした。


でも、ここにきて

やっと自分として生きていいんだ!という許可を出せるようになってきたんです。


それは同時に、

自分で自分の責任を取るということでもあります。


だから、時に逃げたくなるけど、

それでも私はこの生き方をしたい!と強く望んだんです。


なぜなら、私が私として生きないのならば、

ここに存在する意味ってないよね?

そう思うから。


だからこそ、

タイトルにある

「ワガママはダメなの?」に繋がってきます。


私は上記のような生き方をしてきたから、

他人に迷惑をかけるなんてもってのほか!という感覚がありました。


だから、ワガママなんていけない!と本気で思っていたんです。


でも、実際のところ、

「いい子ちゃん」でいること、自分で生きていないことは果たして他人に迷惑をかけていないのか…?

という問いに、


「いや…どんな状態であっても迷惑はかけてるよね。

っていうか、迷惑かけないで生きるって無理じゃない?

それって人との関わりをしないってことだよね?」


という結論に達しました。


もし誰もが自分で生きられない世の中だったとしても、他者と関わる限り、必ずしも誰かの迷惑にはなっています。


そして、それは「迷惑」という言葉の捉え方がズレていただけのこと。


例えば、人に危害を加えたり、人のやりたいことを邪魔したり、その人の時間や空間等を必要以上に奪うことは良くないです。


でもそうでなければ、その線引きはその都度、その人とやっていけばいいだけ。


だって赤ちゃんだって、1人で生きていけないから

その時点で迷惑をかけているとも言える。


でも、迷惑だと思って育てている人(もいるかもしれない)もいれば、喜んで育てている人もいる。


そして、ここで「ワガママ」という定義も疑ったんです。


ワガママ。

我がままに。

自分のままに。

自分そのもので。

自分として。


そんな風に考えたら、自分として生きることは本当は素晴らしいことで、当たり前で、とても大事なことなんだって気づいたんです。


もちろん、本来の言葉の意味とは違うかもしれない。


でも自分で自分の首を絞めるくらいなら、

その言葉の意味や定義すら疑って、自分仕様で変えてもいいんじゃないか?

そう思います。


私はこのワガママで生きるということを

選択して行こうと思います。


そう決めた時、

フッと身体が軽くなった感覚がありました。


その感覚こそが、私にとっての「答え」でした。


我がままに。

ありのままに。


それは自分勝手とは違う。

自分の好きなものを好きといい、

自分が見たいものを見て、

自分が行きたいところへ行きたいと望む。


そんな風に捉えるようになってから、

自由が増えてきました。


ちょっと疲れたから、少しカフェに行って1人になりたい。

これもワガママだと思ってました。

まだ1番下は2歳児で手がかかるし。


でも、これも自分の中で許可してあげられるようになりました。

ワガママでいいじゃん。って思えるようになりました。


だから以前はそれを言うことすら、嫌な顔をされていたのに、

今は「もう少し長く行ってきていいよ」と

笑顔で旦那さんが送り出してくれるようになりました。


こうやって、自分が望むものに

ゆっくりでもひとつずつ許可をしてあげる。


自分の中で許可できなかった事を、

定義を見直しながら

修正していく。


これって誰にでもできる書き換えですよね。


ひとつ書き換わるごとに

見え方が変わっていきます。


そしてどんどん周りの人が優しくなってきているのを

感じます。


結局、自分を苦しめていたのは

自分の思い込みだったんだよね。

と改めて気付かされます。


こうやって最高の人生を創っていく。

この過程の楽しさを、今、ひしひしと感じています。