あるLINEのグループの中ですごく大盛り上がりしてたことがあったんですね。
それはとあるイベントの事について、です。
私はそのイベントには行くと決めたけれども、主催の方には回らないことを選びました。
なぜならばそこに時間を取られたくなかったから。
今は子供たちに時間を費やしたいし、何よりも睡眠が優先したかったから。
という理由です。
でも、そのLINEのグループを見たときにいいなって思っちゃったんですね笑。
「楽しそうだなぁ。」そう、ふと思いました。
だから本音がわからなくなったんです。
主催に回ると時間が取られるよね。
でも楽しそうだな。
だから1度断ったけど、そこに入りたいのかもなぁ。
と。
でも、その後に「無理だよね」って声が聞こえてきました。
これ…昔、仲間に入れてもらえなかったときの感覚だ!って記憶が蘇ってきたんです。
入りたかったけど「入れて」って言えなかった。
その時は入れてくれたのかどうか記憶がないけれど、(むしろ誰か声かけて!って思ってた気がする。)
「お前には無理だろう」っていう。
そんなフラッシュバックが来たんですね。
だからとてつもなく嫌な気分になってたんです。
でもさ、もうそんな年齢じゃないんだよ(笑)(もうアラフォーだしね。)
だからさ、入れてって言えばいいだけじゃない?
もしかしたら、そこで何か言われるかもしれない。なんて今更って言われるかもしれない。
でも、そもそもそんなことをいう人たちの中に入りたいと思う?
っていうかそんな人たちじゃないよね?
でもさ、もし何か嫌な対応されたとしても、それは真っ正面から向き合えばいいだけだよね。
「自分がやりたい」ってその気持ちに応える唯一の方法だから、そこで喧嘩したっていいじゃん。
その人たち本気で向き合えればいいじゃん。
そう思った時にふっと心が軽くなったんです。
私はもう弱くない。
小学校の頃の私とは違う。
さぁ、この位置に立った時に
「今のあなたはどうしたい?」
この問いを自分に投げかけてみました。
ここまでくると、損得じゃなく、フラットに物事がみえるようになります。
そうすると、その判断に自分で責任が取れるし、何があっても動じなくなります。
やりたいのか、やりたくないのか。
その一択になるから、とてもシンプル。
実際の問題と言われるものは、本当はシンプルなんだけど、いろんな思考や思い込みが入っているから
物事を自分で難しくしてるんだよなぁと改めて思いました。
というわけで、
私はどうしたいのか?
その問いの答えを自分で出して、自分の望む方へこれからも進んでいこうと思います。
そして、ここまで出して、私は結局やらない選択をしました。
でも決めたことで、別のこともスムーズに進むようになったんです。
それについてはまた別途。
決める、というのはこういう風に、
余計なものを取り除いて純粋な想いを出し、
そこに覚悟が決まった時、
ちゃんと「決める」ことができるんだな、と
改めて気づけました😄