俺自身、ジェンダー観(だけでなく他のことも)は広く柔軟に持とうと思っている。


ただ、カオス万歳というわけでなく、カオスな事実をできる限り納得可能な説明で区分してはおきたい。


俺は男か女かといったら、男なんだけど、


あらゆる俺の要素を総合して何割が男で何割が女かといったら、なかなか複雑だ。


俺が本当に自分らしく自由にいられるのは、基本的に一匹狼で勝手にやっていて、時々語り合える相手と帰る場所があればいいんだろうと思う。


ただ、ぽーんと一匹狼するにはリスクが大きすぎる気がしてしまうので、だらだらと宙ぶらりんしている。


人の中で生活する場合、俺は逆に、皆の顔色を見るし、守ってくれそうな相手にはべったりしたいモードになる。


依存的で調和的な、どちらかといえば女的なモード。


もし、集団の中がほのぼの平和で、いつも守ってくれるような人がいるなら、それはそれで不満なく生きてると思う。


ただ、人というのはそんなに完璧なものじゃないから、期待は裏切られもする。


その意味で、人間関係に依存しきっているのは危険だ。


だから結局のところ、俺は自分だけを頼る生き方にシフトしたほうがいい気が今はしている。




これって文化的なものでもあると思う。


この国では、人に依存する生き方と独立している生き方、どちらもそれなりの比率で奨励されている。


そこがめんどうだ。


もっと、他人に干渉しあわないような文化ならドライでもそれぞれがそれぞれらしく生きやすいだろうし、


もっと、人とべったり絆を結んで生きるような文化なら、面倒ではあっても見捨てられる孤独感は薄いだろう。


…いや、実際にその状況にいたら、想像するほど生きやすいわけでもないかもしれないけど。


ただ、どっちつかずの状況にいる場合、自分の方針を決定するのはかなりむずかしい、とは言えると思う。


器用な人であれば、そんなには苦労しないんだろうけど。

おじさんとおばさん、どっちが強いと思う? ブログネタ:おじさんとおばさん、どっちが強いと思う? 参加中

本質的にたくましいのはメスだと思うので、おばさん。


何か物理的に戦う対象があるときはオスも強いけど。


やっぱおばさんだなぁ。


オスは、強いというより、別の感じがする。表現しづらいけど。


勝手に生きて勝手に死ぬのがオスのような気がする。


メスは、たくましく生きる中に意味を持っているけど、


オスは、生きるだけでなく死ぬ中に独自の意味を見出す気がする。


もっとも、複雑になった世界の中では、何がメスだかオスだかはっきりとはしないので断言はしませんが、


俺の中ではそういうイメージ。


べつに、生きることに必死になるのを女々しいこととは思わないし、


女性が何かのために死ぬことをやりすぎだとも思わない。


ただ、俺の中では、男には、一匹狼的なイメージが似合う。


それは俺が、人といるのが得意じゃないからかもしれない。


一人の男には、真の母性をもった女がいて、


自己を磨き高めあえるような仲間がいれば、それで十分だ。

乗れるか乗れないかギリギリの電車やバス、頑張る?早々に諦める? ブログネタ:乗れるか乗れないかギリギリの電車やバス、頑張る?早々に諦める? 参加中


とりあえず急いで走るけど、はさまれたくないので様子を見ながらドアに接近し、

閉まりそうだったら早々にあきらめる。

そしてちょっと運転手のほうを見て何かをさりげなく訴えてみる。

でも開かない。それでいい。

そんな感じ。

はさまれてまで乗るなよなー、と思う。