アイルトン・セナ あれから20年 | ワタシの連絡帳

ワタシの連絡帳

 忘れないうちにメモメモ‥ 


明日の打合せ資料が出来てないにも関わらず

本棚から写真集を引っ張りだして見てます。

黒霧島を飲みながら.. バタピーを食べながら...


1994/5/1  第3戦サンマリノGPのイモラサーキット

タンブレロコーナーでクラッシュ。それも 300km/h の速度で..

あの時ワタシは2階でテレビを見て驚いたことを今でも覚えています。

衝撃的な出来事だった。

セナが無くなって20年が経つんですね、はやいもんです。


折角なので本をキャプチャしてみました。

The Memories of AYRTON SENNA.



ロータス・ホンダはお馴染みのキャメルカラー

中嶋悟がチームメイトだった。

ホンダのエンジンを搭載する4台のマシンが1,2,3,4 独占したこともありましたね。



マクラーレン・ホンダの時。

どうしてもプロストがチームメイトだった印象が強いけど

ゲルハルト・ベルガーがチームメイトだった時も。



そしてウィリアムズ・ルノーの時



当時のホンダエンジンをセナは褒めていた。

勿論本田宗一郎さんもセナの優勝を喜んでおられた。



セナはモナコ・マイスターとも呼ばれ通算6勝している。

その後圧倒的な強さを示したシューマッハでも5勝なのである。

モナコでのセナとマンセルのバトルはワタシの中で

ベストレースだと思ってます、今でも。



そして恋人に走りたくないと伝えナーバスな気持ちで挑んだとされている

ラストレース、サンマリノ・グランプリ。



アイルトン・セナ・ダ・シルバ

34歳の若さで永眠。


多くの人の記憶に残っている F1 ドライバーと言っても

過言ではないと思うんですけど、ワタシ 波平