「 目覚め 一 」、
聞く耳を立てている日々、昏睡を装う靖樹の意識を確実に戻っていた。カチッ!カチッ!カチッ!と時計が刻むと想える音が耳に響き、その音が不安を募らせる。
突然だった、何かに触わられた様な感じを覚えた。
(何か触れた!)
そして、ピック!と瞼が動かせた事に驚き、そして視界というものなのか、これまで闇色の霧に包まれた画像が消え、何か青白い輝きを意識の中に判別できた。
それは見えたと言ったほうが正しいだろう。
(何・・・人?)
語り掛けて来る柔らかな声に、心に募る不安を取り除いてくれるものであった。突然、重さを感じ・・・それは身体の何処とは判別できない。
「小山さん!おはようございます・・・起きてください」
黒く動くものが見えた、
今まで白い幕が張り巡らされているようにしか意識できないでいた光景が・・・
(あっ・・・!視力が戻った?)
僅かだが、靖樹は光信号が映像化する機能が戻り始め出していた。この人は誰なのか?と、話しかけてくる女性の声を聞きながら神経を集中させた。
「外はいい天気です、梅雨の晴れ間って感じで爽やかな朝ですよ」
(え?朝ですか)
話しかけてくる女性を靖樹はすぐに思い出した。
(この前、点滴をしてくれた看護師さん・・・?)
看護師は甘い香りを微かにさせて靖樹の嗅覚を刺激する、
靖樹は匂いに反応していた。
(イイ匂いだぁ~。ム?匂いを感じた・・・)
靖樹は匂いに反応していた。
そして薄目を明ける視界にはその女性の影とおぼしき動きが見えた。青白い輝きの照明の光を感じ、微かな香りを覚え、
そして身体の何処かを触られている重みを感じた。
「熱も下がりましたね、脈も落ち着いて・・・今日中にはおそらく酸素も取れます、たくさん着けていますからね・・・少しでも減ると楽ですね」
看護師は意識が戻っていることを伝えられぬ靖樹に、いつも話しかける。その優しさに心を惹かれる。
サーサーと、カーテンの引く音をさせた、
「綺麗な青空です・・・梅雨の中休みの晴れ間です」
反射的に薄目を開けていたのを閉じ、刺激を避けた。
靖樹は時間を知りたかった、いや・・・何月何日を確認したかった。
「大阪のほうは、今日は大丈夫でしょうね」
何が? 大阪 と聞きたかったが、後で思い知らされる。
「後で点滴を換えに来ますからね」
靖樹は意識せずに耳を澄ませ看護師が病室を出て行くのを確めた。
(梅雨の晴れ間・・・6月?)
あの日の朝出勤に出た日は、梅雨入りして間もなかった。
6月1日の朝、あの日から靖樹の記憶は消えている、
自分は如何したのか? どうして此処にいるのか?どうして病院に・・・?不安が湧き上がって来る。
(あ~、なりそう!)
しかし思考力を自覚でき、別の意味で不安がやや和らぐ。
瞼をゆっくりと開くと、青白い輝きが薄ぼんやりと見え、
その輝きは目に刺激を与えず、見据える事が出来た。
輝き源の姿形ははっきりと視認出来ないが、
靖樹には天井の蛍光灯とスグに分かった。
(懐かしい光だな・・・)
両瞼を大きく開けた途端、痛みが走った。
(イッテテッテテ・・・?・・・顔が痛い!)
痛みを感じた事で神経が働いている事に気づく。
(五感が戻っているんだ・・・身体は有る!)
身体中に巡らされている神経回路のスイッチが入り脳からの信号が走る、 徐々に靖樹の身体に五感が甦っていた。
仰向けに寝る靖樹の大きく開かれた目に入る視界は大きく広がる。 天井は無機質な白色の天井で、その中央に先ほどまで輝きがぼやけ見えていた蛍光灯照明器具の姿がはっきりと見えた。
高揚する気持ちを抑え落ち着いて周囲を見るように、
瞳を動かした。
(動いたぁ~)
感動の連続だったが、靖樹の意識の中は何かをしなければと焦燥感があった。
(どうなっているんだ、おれ・・・おれは!)
今の靖樹には視力と聴力からの情報しかなくそれで思考するしか手段しかない。目を閉じるのが怖かった、次、開ける時には自分がどうなっているのか、
視力がまた消えてしまうのではないか不安で堪らない。
そして身体を動かす機能が停止をしているに靖樹は気づく。
旋回させると窓らしきものが翳んで見え、それに屈折して部屋の中へ入り込む色のついた光を感じられる。
壁でわずかに反射して視覚を刺激する。
暫らくして眠気が襲ってきた・・・。
眠りから覚めた時、この状況は悪夢でありますようにと念じた。