自由時間 〜2015年12月、2018年5月出産♪~ -94ページ目

自由時間 〜2015年12月、2018年5月出産♪~

2015年妊娠を機に退職しニート主婦をしていましたが、
12月に第1子の娘が誕生。
2018年5月に第二子の息子が誕生。

今回の乳幼児連れのお通夜とお葬式の後に思ったことはやはりタイトルどおり。

私から見て父母、兄一家、祖母、叔父夫婦と本当に近い親族しかいない式でしたが、やはりマナーの大切さを実感しました。



当たり前のことばかりですが私感も交えつつ。

1.服装は可能な限り正装に近づける

子供は基本喪服が無いのとサイズが毎年かわることが多いため、基本的に喪服は着なくても大丈夫なのでダークな色の服を、と言われます。
同じ暗めの色の服でもラフなものよりある程度きちんとしたものを着ているだけで印象が違います。
我が家は娘が紺のワンピースとカーディガン、弟くんはフォーマル用のつなぎでダークグレーのジャケット風。
甥っ子は幼稚園の制服着て、下の子も色の暗いきちんと系の服を着ていました。
色の暗いきちんと系がなくてもカーディガンやジャケットみたいな羽織などがあるだけでも十分だとは思います。


2.式中は騒がない動き回らないが基本

当たり前ですが。
気心の知れた親族しかいなくても、やはりお別れの時間。静かに見送るのが基本。
今回4.2.1.0歳がいましたが、1.0歳は抱っこ紐、2歳の娘は絵本などで気を紛らわせる、4歳の甥っ子は最後まできちんと座っていました。
娘は少し喋ってしまう場面があったけれど、それでもお世辞もありますがセレモニーホールの方に静かで偉かったね、と言ってもらえました。
しかし子供の話し声やパタパタ歩く音は小さくてもめちゃくちゃ目立ちます。
親は慣れていて自分の子供にしては静かだな、と思っていてもそれ以外の方には普通に騒がしいと感じたりします。
なので世話をする親は細心の注意で気を張っている必要があるな、と思いました。とにかく疲れますが。


3.他人から言われる前に騒がしいと思ったら退場する勇気を

お葬式から納棺、火葬、初七日、会食、骨拾いと行うと半日は潰れます。その割に常にやることもあったりしてスケジュールは案外タイト。
特に弟くんは途中どうしても授乳タイムが近づくと泣いて泣いて大変なことになりました。
(火葬場からの帰りの道中泣きっぱなしでした。自家用車移動でまだよかった)
今回は初七日用のお経の時間は別室で授乳しつつ、娘も同じ部屋で待たせてもらうことにしましたが正解だったと思います。
娘を見てくれる人を頼むのも大変でしたし。

弟くんもお腹が満たされて落ち着いてくれたし、一度別室でのびのびした娘もその後かなりいい子で過ごせたりしたのでよかったかな、と思います。



マナーが大事だと思った一つは以前別のお葬式やお通夜で
子供が黒とはいえだいぶラフなTシャツを着た場面を見たり、
子供がかなり大きな声でぐずって泣いているのにひたすらその場であやし続けてお経がかき消されたり、
納棺やお骨拾いの時にはしゃいだり、これは幼児のいる大人ですが写真を撮ったりする場面に出会ったことがあるからです。
上矢印これは全て同じ人ではなく、色々な子供と親です。
この頃は子供がいなかったのでもしかしてそんなものなの?と思ってもいました。

今回比較的穏やかに式ができてやっぱりあの時出会った親は間違っていたんだなあ
と思ったのです。




今回は納棺の時にお花を入れたり最後のお別れの言葉をかけたり、
お骨を拾ったりする場面は
私自身が祖母との別れのためにやりたかったのもあるし、ひ孫である娘にもやってほしかったことなのでそのタイミングで機嫌よくできたのは奇跡だったと思いました。


しかし、今回子連れでお葬式に参加して本当に思ったのは前回も書いたけど、
子供の世話で式の中でゆっくり別れをすることはかなり難しい

ということでした。

私たちと母はセレモニーホールにお通夜の後お泊りしたので子供達が寝てからなんとなく祖母とのお別れの時間を作れました。
旦那がいてくれたらある程度式にも集中できたのかもしれませんが、旦那が葬式不参加だったからかなり負担が大きかったのかもしれません。


とにかく無事終わっただけでも素晴らしかったのかもですね。


ちなみに葬式翌日の昨日は弟くんをずっと抱っこしつつ、娘を制御しながら三人分の荷物をあちこち持ち歩いたせいか腰痛、肩こりに加えて背中の筋肉痛にもなりました。
その中で2時間ごえの運転をして無事帰宅できたんですからよかったの一言につきます。


祖母がなかなか全員が揃う機会のなかった私たちの家族を会わせてくれて、最後まで私たちを危なく無いように見守っていたんだと思えますね。

まだこの先49日や祖母の住んでいた場所の片付けなど色々あるので行く機会は何度かあるのでその度に祖母のことを思い出しながら少しずつお別れをしていこうと思います。

湿っぽい話を長々と失礼しました。
明日明後日は台風も心配ですね。

そんな中娘は初めての運動会です。
日中はまだ台風直撃はしないようだし室内開催なので一応開催予定ですが無事開催できるのか?
楽しみだけど心配です。
明日早起き頑張ります!
私にとっての祖母、子供達にとっての曽祖母とのお別れのお話です。
表記は娘達目線でひいばあちゃん、としています。

とはいえ娘達のお世話や反応メインのお話です。
こちらの続き。


娘を幼稚園に迎えに行き、昼過ぎにひいばあちゃんの元へ出発。


ひいばあちゃんの親族はばあばとその子供達の私達のみ。
かなり高齢のため、元々ひいばあちゃんに何かあったときに知らせなければならない、という人たちは皆お亡くなりになっていました。

ということでひいばあちゃんの住む地に親類は誰もおらず、私の母であるばあばがたまたまいたのですが、勝手もわからないし母一人でとにかく大変。
1番に着けるのは私たち一家だということでとにかく急ぎました。


出たタイミングが良かったのか、娘も弟くんも基本睡眠。

唯一昼食を食べずに出てきた旦那のため、一度SAに立ち寄った以外はスムーズに到着できました。


その後できる限りのお手伝いをしつつ、
といっても家族葬のためあまり急いですることもないのですが、
お通夜を迎えました。

子供達は娘が入園用に購入した紺のワンピースに当日赤ちゃん本舗で購入した紺のカーディガン
弟くんは赤ちゃん本舗で購入した色の濃いフォーマルのつなぎについていた蝶ネクタイを外し出席しました。
お金勿体無いとか言えないので、その時着られるベストサイズでセールでもないお品ですが、その後兄弟にもお葬式に来た親戚にもキチンとした洋服だと言われました。良かった。


お葬式もでしたが、やはり式最中は色々大変でした。

弟くんは最初のお鈴の音になぜか爆笑した以外は少しぐするため席の後ろで立っているだけで済んだからいいのですが、問題は娘。

2歳9ヶ月の娘が静かにただ1時間弱座っているのはかなり大変だし、本人も辛いのだと思います。

なので途中で立ち歩こうとする、話しかけてくるなどを何度も試みる滝汗

途中でセレモニーホールの方が子供用の絵本を持ってきて下さり、なんとか動き回ることなく過ごし、
手を合わせる場面は声かけで見よう見まね
焼香は大人に抱っこされながらできていました。

あとは棺にお花を入れたり、バイバイと手を振ってみたりということはしていましたが、人の死を理解はできていなかっただろうから不思議だったと思われます。


しかし通夜は旦那がいたからマシだったものの、
葬式は時折ぐずる弟くんが抱っこ紐の中にいる上、動き回りたいソワソワ娘を制御するのはなかなか大変。

喪主がばあばのためじいじばあばには頼れず、 
私の兄夫婦は子供が2人いるのでそちらの世話もあるのでこちらも助けを求めるのは難しい。

結果、走り回ったり泣き叫んだりという極端な迷惑行為はなかったものの、
私がひいばあちゃんとの思い出に浸ったり、ただ悲しむ、ということをしている時間はありませんでした。


子供ができるってこういうことなんだな、と思ってみたり。


葬式の後に初七日も一緒にやったのですが、その時は授乳に重なり、開始直前に弟くんがぐずりまくりになったため、その間制御する人がいない娘とともに控室待機になりました。
その方がやはりずっと気は楽だったな。
でも通夜、葬式に無事出られたのは子供達が頑張ったおかげなのですけどね。


あとは娘が年上のいとこ(私にとっての甥っ子、通称おにいちゃん)のことが大好きでおにいちゃんが座るとその隣に座り、
移動が必要だとおにいちゃんと手を繋ぎ一緒に歩き、
としてくれる場面がたくさんあったので大分楽させてもらいました。
おにいちゃんありがとう!


そんな感じで無事かどうかは疑問ですが、お別れをすることができました。


あとで最後にざっとまとめも書いておこうかな。
まだ旅行の方もかけてないのにアセアセ


おめでたいお話ではありません。


先月入院した私の祖母であり、子供達の曽祖母ですが、

火曜に母が一人で再びお見舞いに行き、今後の転院の方向性を相談し、また10月中旬には私も行く予定にしよう、と話していました。
そのときは祖母もご飯食べたくないわーなどと母に悪態ついてみたりしていたようで。


と思ったら翌朝バタバタ娘の幼稚園の準備をしていたところ(旦那は仕事でおらず)、母から連続でラインが入っていました。


そこには祖母が急変して亡くなったとの連絡でした。


年齢的に四捨五入で100歳。
何があっても不思議ではない歳でした。


片道3.4時間かかる母がたまたま来ていた日で、最期にも立ち会えて、祖母が一人きりではなかったことが本当に救いでした。


我が家は頑張れば片道2時間ちょっと、祖母のいるところまでは両親や兄より1番近くに住んでいます。


とはいえお通夜の日がわからなかったので、一旦娘は幼稚園に行ってもらい、出発の準備をすることになりました。

旦那にも連絡したけれど、木曜は絶対に仕事を抜けられない、と言われました。
若干ムッとしたのは隠していません。
しかし旦那の仕事は急な勤務変更ができない残念なお仕事です。


結局水木でお通夜とお葬式になったので、
午前中のうちに私が喪服やお泊まりの準備を済ませ、
お昼に娘を早引きさせ、午後休みを取った旦那も合流、
その後車で移動、
お通夜終了後旦那のみ電車で帰宅
もなりました。

まさか土日で泊まりで旅行に行って
水曜から再び子供達にお泊りさせるとは思ってもみませんでした。

風邪、治りかけでセーフだった!





とりあえず今は葬式も終わり、祖母とも穏やかにお別れを済ませて帰宅しています。

長くなるのですが、子連れの急な冠婚葬祭についてまとめておきたいと思っています。

不謹慎だなあ、と思う方は次からはどうか読み飛ばして下さい。