私は今はあまり怒らないほうだと思っている。


実家にいた時は

小さい頃から両親のケンカ、

怒鳴り合う姿ばかりを見てきた。


だから

その時の不快感から、


怒りを外に出すことはいけないこと。

自分をコントロール出来ていない

恥ずかしいこと。

周りも嫌な気持ちにさせること。


怒り=出してはいけないもの

ということが身についていた。


怒りを

飲み込み溜め込んできたと思います。


今は

怒りもちゃんと感じてあげるということの

大切さがわかってきました。


そしてその解消方法も知りました。

直接相手にぶつけなくても

吐き出す方法、溜め込まない方法は

いくらでもある。

感情的に相手にぶつけなくても

伝えるやり方もある。


それでも

元々こだわらないほうなので

今は怒り自体が湧いてくることが

少ないです。


そんな私ですが

昨日ちょっとイラッとすることがあり

その感情を紐解いてみると

わかったことがあります。


それは

怒りって

相手や周りが

「自分ならこうするのに

 相手はそうしなかった」

というところから始まるのではないかと

いうこと。


昨日の出来事はまさしくそう。

前日の残りのカレーを

旦那さんが食べようとした時

「1人分には多いみたいやから食べる?」

と私に聞いてきました。


私も食べたかったので

「もし余るようならちょうだい。

 私も食べるから。」

と答えました。


お昼に食べようと思っていたのに

結局旦那さんはパスタに全部かけて

私の分はありませんでした…


「全部かけたんや…」と言うと

「パスタにかけたら全部かけるくらいで

量的に丁度良かったわ」とニコニコ。


そこでイラッショボーン

私のお昼はカレーにしようと思っていたので

他には用意していないのに!


その時感じていたのは

「私ならパスタにかける量が少しくらい

少なくても相手に残しておいてあげるのに!」

ということ。

それか

「全部パスタにかけちゃったから

 ゴメンね」という言葉が欲しかった。


久々のイラッと感に

逆に冷静に考えられて

他の怒りやイラッと感もそうなのかもなぁ…

と感じました。


そういえば今までの

過去の怒りを振り返っても


子どもが小さい時に

時間通りに動かないことへの怒り

(私なら時間を逆算して

 間に合うように動くのに!)


旦那さんが察してくれないことへの怒り

(私なら「ありがとう」とか

「お疲れさま」とか一声かけるのに!)


その他の怒りも

「私ならもう少し自分で調べて

 やってみてから聞くのに!」

「私ならもう少し段取り良く動くのに!」

「私ならもう少し相手の気持を考えて

 優しく声をかけるのに!」


私ならこうするのに!

私ならこう思うのに!

私ならこう感じるのに!


全て「私」の感覚が基準で

そうならないこと、

それとは違うことをされたり

言われたりすることが

怒りやイラッと感に繋がっていたと

思います。


そしてそこの根底にあるのは


私の考えが正しいんやから!

私の考えが普通なんやから!

ということ。


そうやったんや…

そら無理やわな。

相手は私では無いんやから。


私とは全く違う人格なんやから。

他人でも子どもでも

私とは異なる感じ方、考え方をして

当たり前なので。


私みたいにして欲しかった。

私みたいに感じて欲しかった。

それが正しい、それが普通だと

思っていた。


なるほどね〜。


今回のことも

旦那さんは

「もし余るようならちょうだい」

と言った私の言葉を

その通りに受けとって


「余らなかったから無いよ」

悪気はなくただそれだけ。

間違いでは無いよね爆笑


食べたかったら

「私も食べたいから残しておいて」

と言えば

スムーズに残しておいてくれたと思う。


まだまだ日常の中で学ぶことは

たくさんあるなぁ。



怒ることが悪いとか良いとか

いうのではないんです。


怒りの裏には

悲しみや愛してほしいや大切にしてほしい

などの感情もあると思いますし。


私の今回見つけたことは

上記の事だったと気づいたことが

面白い(興味深い)ことだったので

シェアさせていただきましたピンクハート


人間の感情って複雑でホント面白いわあ爆笑