Twitterでフォロワーさんから出てきた話題から思ったことを綴ります。
元々は「オーラルセックスはセックスですか。」という[若い人は尋ねる]に載せられている記事をが理解ができないというツイートでした。
フォロワーさんの見解としては、
「何を言いたいのか良くわからない。文の途中から言ってることがズレている。読むのがストレスである。一つの記事に、主題は一つでしょ?そもそも主題がなぞなぞかのよう。」
というものでした。
それに対する一フォロワーさんの返答が、
「日本語の出版物は原文から日本語訳を起こすため、表現方法が無かったりするからです。」
(翻訳者の責任も重大だな。と思いましたが、)
しかし、生まれた時からこの出版物で育てられてきている2世としては、JWの出した出版物の読み手側の気を惹きつける技法の
①主題
②聖句で裏付ける。
③あやふやな言い方をして…例えば、「OSはSであり、淫行に該当する。つまり避けるべき忌々しき行為に含まれる」という結論に至らせる。
という、自分はこう思ってるんだけどこれはやってはいけないんだと思わせる。技法を刷り込まれているので、学校、友達、趣味、生き方…生活全般に教会の指示に従うように仕向けられます。
ずっと私は私が悪いんだ。私が間違っているんだ。ってどんな意思決定をするにもその考えが頭から離れず自責の念を抱えていたのですが、このツイートを見て思いました。
私の思考回路のおかしさの一因
①まず教会の出版物が私の自我を否定する主題を提起してくる
②私がおかしいんだと思う。
③そういうふうに思うおかしい私が悪いんだ。
④自分の意志を持ってはいけないんだ。
⑤指示に大人しく従っていよう。
⑥思考停止する。世の中で生きていける気がしなくなる
⑦死にたくなる
という回路になったんだな。と思いました。
あくまでも一因だと思います。家庭環境や父親の意見や、自分の性格も関係してきます。ただ、私の性格と複雑に絡み合って今の死にたい私があります。