病院に行って薬に頼ってね、って事なんだよね。
お父さん、私、普通の生活がしたかった。普通に働ける、この日本の社会に浮かない生き方がしたかった。
私は凡人で、学歴が必要だった。高卒でパートで、アラサーでフリーターで低所得者でっていう人生は望んでいない。
子供の人生にもう少し関心を持って欲しかった。お金をかけないことが美徳で自分は自営で細々でも自分の時間が持てて、好きな事して生きてる。
お母さん、私、普通と言われている世の中の人達に馴染みたかった。
宗教の為に全てを犠牲にして、自分の人生の事は置いておくという考えの教えを四六時中学ばさせされたくなかった。
でも、最終的には私の責任。
小、中、高ととにかく周りと浮かない様に気を使って、でも、周りと話が合わなくて、ずっと同年代の事の距離が埋められなくて精神的に辛かったのも私の責任。
小、中、高と、どうせ親の宗教の期待に応えた人生を送らなきゃいけないからと、奉仕や集会や会衆の中で存在価値を見出そうと会衆と親を喜ばせる事を再重要視して、学業は中の中でも、将来の仕事の事とか真面目にかんがえたりせず、資格をとることや、学力をつける事もせず、何も考えず過ぎて行ったのも、私の選択で私の責任。
卒業して、パートで働いて、組織に存在価値を見出したい為に開拓を目指したけど、布教活動が嫌過ぎて、開拓時間入れられず自尊心が無くなって肌荒れして太って、更に自尊心が無くなって辛くなったのも自分の選択で自分の責任。
もう逃げたいと思って排斥という逃げ道で辞めたけど、親に気を遣いながら家事をして、仕事場の人にも気を遣って同じアルバイトを辞められなくて、あと、自分が普通の人生を歩んでいる社会人と馴染めなくてそれがつらくて、新しい仕事にチャレンジ出来なくてずっとフリーターを続けているのも、私の選択で、私の責任。
人目を気にするという性格にはこの人生はキツい。