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やる気がない、飽きやすい
という脳ができると
文字を書くという作業さえ手が進まなくなる。
自分が何をしようと思う脳の癖が大事だという事か。
私の知人は就職してからも勉強をしている。
毎週塾に通っている。
私は彼女をとても羨ましいと思う。
彼女の自分を鼓舞する脳が衰えていないからだ。
彼女に限ったことではないが、
自分のこの先を考察する人が世の中にはいるらしい。
皆さんは、『自分の未来や家族の未来』を考えますか?
または考えるのに必要な社会の仕組みや世の中の理をどこで知りましたか?
幼稚園ですか?
保育園ですか?
親からですか?
学校の先生からですか?
塾の先生からですか?
友達からですか?
8年前まで
JWの宣教奉仕、集会の為に
個人研究、割り当てづくり、家族の崇拝、で
自分を奮起させて毎日毎日勉強していた。
聖書を読む、雑誌を読む、暗記する、文章を作る、話す、
自分がよく理解していなくても、納得していなくてもとにかく祈って毎日行っていた。
16歳~22歳くらいまでの7年くらいだろうか
自分は、あの時努力しようという姿勢はとてもあった。
その源は
- 親に喜ばれたい。
- 会衆の人に受け入れられたい。
- 会衆内で必要とされたい。
- 神に祈れば神が何とかしてくださる。
奉仕がすべて、
家族がすべて
そんな極端な頭の私は
『未来』は必要ではなかった。
社会のルールや世の中での生き方を学べる場所もなかった。
努力は
親の喜ぶ顔を見るためにするもの
会衆の成員が喜ぶためにするもの
だった。
小学生の時から
自分のために、自分がしたいことやしたくないことを口に出すことは悪で、言ってはいけないんだ。と自分に念じてきた。
自分の未来や将来を考えてるのは無駄なことなのだ。と解釈した。
私の思考の癖が
親の傍で寄生虫のように楽に生きよう。
親より早く死のう。
いつ死ねるだろう。
になった。
残念なことにその思考の癖は今もまだこびりついている。
しかもまだ生きている。
死のうとしたのに死ななかった。
父が言った。
後ろ向きにならないでほしい。
後ろ向きになりそうになったら、一つの半分でもいい、明日できることを考えてほしい。
この言葉は不思議と私の心に残った。
元JWのかたで社会不適合だと思うが何とか仕事してますという方、どんなお仕事が向いていたかとかよかったらコメントください。
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