2019/5/30( 2 ) | 思いついたこと綴ります。

思いついたこと綴ります。

元 疲れてる?って言われる女のブログです。
名前変えました。

本当は痩せたい
本当はお金に余裕が欲しい
本当は友達が欲しい

でも!
楽して痩せたい
楽してお金に余裕が欲しい
楽して友達が欲しい

アプリで繋がった男性(知り合ってから2年は経つ。)に本音を言ったら

これはしたくないけどあれは欲しい、では無理だよ。
とのお言葉を頂きました。

私の主張は通らないけど
幼き頃、主張することや自我やワガママを抑えるよう躾けられてきたので
今、好きな事、ワガママを主張します。
人様が聞いたらただのワガママな甘えたやつですね。

言わせてください。
大人になりきれない大人です。

過去の母からの育て方(JWの生き方や教育)、父の無関心は私の今に関係すると私は思っています。
(世間で定義されている子供の時に傷ついたまま大人になって家庭の経験を引きずり生きる上で支障がある。等のアダルトチルドレンに当てはまらないかもしれません。)


世間で一般的と言われる世の人が通る道を歩んでいれば
学校や課外活動で友人を作る事は出来たであろう。
しかし、
世の友を作ってはいけない、
課外活動に参加してはいけない、
クラブ活動に打ち込んではいけない、
学校外の活動は神への知識や感謝を深め
他の人への布教活動へ時間を捧げなければいけない
という圧力がありました。
私は
集会も勉強も奉仕も嫌でした。
なぜ嫌なのに行かなければいけないのかと言って幼児期から反抗していました。
母の行動はなだめすかし鞭をし無理やり決定打は泣き落としした。また組織の望む行動をすれば会衆内の大人や母がご褒美を差し出し褒めちぎってくれました。
会衆の人間は世にはいけない私を受け入れてくれる私にとっての暖かいコミュニティでした。

だからその温かい場所が居心地が良くて
組織の勧めを受け入れていました。
世の友は作ってはいけないし、
部活もしてはいけないし
勉強も怒られない程度にしておけばいいんでしょ。と
人生を投げやりに生きようという思考になりました。

ただ、組織内でも
デブで、高慢で、世間知らずな私は同じくらいの歳の子供と表面上は仲良くできても組織内だけであって友人は作れなかった。
年上の人に尽くし構ってもらう事で自己を満たす自我の無い変わった子であったであろう。
自我の無い外的にも内的にも魅力のない私は組織内でも同年代の友達はできなかった。

ただ、ただ、人に尽くして良い顔をして気に入られたい好かれたい一心だった。

母はこんな私でも甘やかした。なぜなら組織内で良い子、お母さんにべったりな子だったから。


世で一般的に友達を作る過程って
(これは私の思い込みだけど)
同じ環境にいたり
同じ考えや趣味を持っていたら
見た目が普通の体型だったら
自然と
気の合う人間が集まるんじゃない?
その環境とか考えとか趣味とか見た目って
多かれ少なかれ親の影響?意向が関わってこない?

子供は与えられた環境の中で順応しようと頑張る。
まず、そこの地点で
私の与えられた環境ってハンデだったんじゃない?

楽させてよ…
せめて
選ぶ意思を身につけさせてよ。
暗黙の強要の元で育てられると
選ぶ意思は身につかないんだよ涙