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今日は、病気になってしまったとき、すぐに治す方法を書きます。
そもそも、なぜ病気になるのか?あなたも考えたことがあると思います。
もちろん、病気になるには、とても重要な理由があるんです。
回りくどく言うと分からない人もいるので、この際はっきり書いちゃいます(笑)。
怒らないでくださいね!
他の誰のせいでもないんです。
当の本人の問題なんです。
ただし、子供は別です。
よく言われているのですが、
0歳~10歳までは、親の遺伝がほぼ支配しています。
10歳~20際までは、親の遺伝の影響も受けますが、本人の自我による影響が大きくなります。
20歳~30際までは、親の遺伝の影響は小さく、ほぼ本人の自我で形成されます。
30歳以上は、本人の自我で形成されます。
このため、小さい子供は、自分の意思ではなく、親の影響によって病気になったりするんですが、大人になってからの病気は、ほぼ確実に本人に起因します。
そして、大人が病気になったとしたら、その人の考えが間違っていたということです。
ちなみに、いい人も悪い人も病気になります。
病気にいい人悪い人は関係ないんです。
なぜなら、いい人だって間違えるからです。
間違ったときに病気になる!
特に、とても優しい人がいたとして、その人は他人にばっか優しくして自分のことを省みない場合があります。
これは、美しい話なんですが、実は宇宙的には間違いなんです。
なぜなら、当人にも神様が宿っているんです。
自分の神様も大切にして欲しいと言うことなんです。
それで、他人のことを幸せにしようと一所懸命頑張りすぎちゃうと、宇宙から「その方向は間違いですよ」って強制的に軌道修正をかけられるんです。
それが「病気」です。
病気になると、いままでの行動が継続できなくなりますよね。
それで、改心できれば病気も治るんですが、改心できずにそれでも無理に続けようとすると、「あなたはもう帰ってきなさい」ということで、あの世に帰還命令が下されてしまうんです。
なので、まず病気になった人は、「自分が間違っていたんだな」の反省し、自分を大切にすることを心に決める必要があるんです。
病気を一発で治す方法!
次に、病気にはもう一つの大きな役割があります。
人間は、順調な時って、その順調さに気がつかないんです。
健康な時って、健康であることに気がつかないんです。
病気になって、はじめて健康のありがたみが分かるんです。
健康のときに、健康に対して感謝している人って、割と少ないんです。
でも、健康なときに、健康に対して感謝していると、病気にならないんです。
なぜなら、病気になる必要性がないからです。
病気は、健康に感謝しなさいというシグナルでなんです。
ですから、健康に感謝している人は、わざわざこの試験を受ける必要ないんです。
しかし、うっかり健康なときに感謝するのを忘れてしまうこもともあるでしょう。
それで、病気になることがあるかもしれません。
そうなったときの対処法をお教えしますね。
キーワードは「感謝」です。
病気が教えてくれる大切なこと!
例えば、頭痛がしてきたとします。
今までどこも悪くなかったのに、突然頭痛がしてくると、人は頭痛のことばかりが気になってきます。
そして、頭が痛い頭が痛いと、頭が痛いことだけを問題に取り上げます。
そると、頭はどんどん痛くなってくるんです。
そこで、こんな対策があるんです。
頭が痛いということは、頭以外は痛くないんです。
肩も、腕も、足も、お腹も、頭以外は痛くないんです。
頭以外は健康なんです。
しかし、この事実に気がつける人は皆無です(笑)。
なぜなら、頭が痛い人で「頭以外は健康だ」って言う人、見たことありますか?(笑)
人は、痛いところだけをピックアップするんです。
であれば、頭以外の部位に「健康でありがとう」と感謝すればいいと思いませんか?
頭以外の部位に感謝し続けていると、頭痛は治ってきます。
ついでに、頭痛になったことで、他の部位に感謝することに気がつかせてくれたので、頭痛にも感謝してしまいましょう。
ということで、「感謝」がどれほど大切かお分かりでしょうか?
感謝に秘められた宇宙の謎!
ちなみに、コトバは組み合わせによって違う意味になったりします。
「感謝(かんしゃ)」というコトバの組み合わせを変えると、
「カンシャ⇒シャンカ⇒シャカ(ん・は発音しなくてもいい)」となって、釈迦になるんです。
ですから、この「感謝」という言葉には、宇宙的にパワーを持った波動であることが分かると思います!
まとめ
病気の予防には、健康な時から「感謝」する。
病気になったら、健康な部位に「感謝」する。
そして、病気になって改心できたことに「感謝」する。
「感謝」とは「釈迦」である。