看護教員として学生の実習に同行していたある日、
私の体に“それ”は突然あらわれた。
右上腹部に、なんとも言えない違和感。
痛いわけではない。でも、じっとしているのがつらい。立っていられない。
じわじわと広がるような、重たく不快な感覚が、胸の下あたりを支配していく。
でも私は、そこにいるしかなかった。
学生の実習中に「ごめんなさい、今日は体調が悪くて…」なんて言える空気ではなかった。
その場を離れることもできず、とにかく耐えるしかない。
実習を終えて近くのクリニックに行くと、鎮痙剤(ブスコパン)とカメラの処置。
薬が効いている間は、なんとか過ごせた。
でも、すぐに効かなくなっていった。
感覚はどんどんひどくなり、薬では押さえきれない何かが体の中でうごめいていた。
後日、実習先の先生に診てもらったとき、
肝機能のマーカーが異常値を示していることがわかって、すぐに精密検査を勧められた。
でも私は、「動けるなら大丈夫」と、自分に言い聞かせるようにして帰宅した。
あのときの私は、「体は使うもので、壊れたら治すもの」としか思っていなかった。
限界に近づいていても、「まだいける」と自分を追い立てていた。
夜。
薬はまったく効かなくなり、異常な感覚が全身を支配していく。
これはもう、ただの不調ではない。
でも、「胆石だったら手術になる」という言葉が怖くて、病院に行くのも躊躇っていた。
それでも、「もう無理や」と思って、夜中に病院へ向かう決意をした。
歩いて5~6分の距離にある総合病院。
でも、数メートル歩いただけで、体が言うことをきかなくなった。
前に進めない。呼吸さえ浅くなる。
異常な違和感が波のように押し寄せてきて、意識が遠のきそうだった。
ちょうど前をタクシーが通りかかった。私は苦痛を必死に抑えて手をあげ、運転手の方に申し訳ないと事情を話して乗り込んだ。
車内に横たわりながら、私はただ祈っていた。
――自分の胆のうの中に、意識を送り込む。
そこに手を差し入れて、石のようなものをつぶす。
砕いて、流して、溶かしていく。
「どうか、流れて」「手術にはならんといて」
イメージの中で、私は必死に体の中に手を伸ばしていた。
それは、理屈や理論ではなかった。
ただただ、“そうするしかなかった”。
夜中にもかかわらず、病院は検査を急いでくれた。
その間中ずっと、私は自分の胆のうの中で、石を手ですりつぶしては流すという動作を続けていた。
実際にはベッドに横たわって長い検査に耐えていたけれど、意識のほとんどはずっと体の中にいた。
検査の結果は、さらに衝撃的だった。
「命が危ないところまで来ています」 検査データはとんでもない異常数値を示していた。
「胆のうと胆管、総胆管がすべて異常に拡張しています」
「通常、こういう状態ならどこかに胆石像があるはずなんですが……ないんです」
専門医はこう言った。
「悔しいけれど、原因不明です」
でも私は、それを聞いても、不思議と怖くなかった。
あのときの私には、それが“当然のこと”のように感じられた。
そして後になって気づいた。
あのイメージ――
体の中に入って、胆石を砕いていた自分の手の感覚。
それは、祈りのような、魂のような、“私の奥にある何か”が動いていた時間だったのだ。
私はまだ、体の声を聞くことも、魂の導きに気づくこともできていなかった。
でも、それでも――
体は、あのときも、私を見捨てていなかった。
無理ばかりさせて、何も感謝もせず、
自分を追い立てて生きていた私を、
それでも必死に生かそうとしてくれていた。
あれは、私の“再生”のはじまりだったのかもしれない。
小さなことば
体は、ずっと一緒に生きてきた、もうひとりの“わたし”。
声にならない声を、あなたは聞こうとしてくれていた。
今からでも、十分間に合う。
ほんまのありがとうを、今、届けよう。