2回目のセッション
朝起きて抱っこの先生の所へ行くと伝えると「行かない!」っとグズグズし始めて、無理難題を言い出す。
「今綿菓子が食べたい!」
「パイナップル食べたい!買って来て~!」
パパと一緒に家を出て、何とか電車へ。
電車でも、「やっぱり行かない!」っとグズグズ。
なんとか無事について、先生のお部屋へ。
抱っこして泣くことが気になって、遊ぶことに集中出来ない様子。
「もう、抱っこ始めようか」先生がそう言うと、必死で遊び出すけど、集中出来てないから、抱っこして、ソファーへ。
前回とちがい、なかなか泣かない
必死で無感情になろうとしてる
「お母さんでは、泣けないみたいだから、先生が抱っこしてみようね」と先生と抱っこ交代して、私が足を持つ。
「ママがいい~
やっと泣いたよ
「先生きらい!はなせ~!」暴れてます
「ママがいいよね~。でもちょっと生まれてきた時のお話ししようね。お薬使ってお腹から出てくる時、痛かったよね」
と頭をなでなで。
「へその緒が首に巻いていたのも苦しかったね。お腹の中で、ママやパパのこと心配でだったんだよね。苦しくて、お腹の中で、たくさん動いて、逆さにもなって、へその緒がお首に巻いたんだね。痛いね。痛いの痛いの飛んでいけ~」
この辺りまでくると大泣き。まるで赤ちゃんが泣いてるみたいな泣き声。
頭と首をいっぱいなでなでされながら、
「生まれてきてよかったんだよ!」
私と交代して、私の抱っこの中で頭と首をいっぱいなでなで。
途中でトイレと言うので一旦中断。
あらら、出てきてた感情がストップ。
もう一度、先生に抱っこされて、大泣き。
りーたんにどうしても謝りたくなった。
お腹にいるとき、りーたんの存在を負担に思っていたこと、否定していたことを、何かでイライラすると、お腹の中のりーたんにあたってきたこと。
口に出して言葉を発していなくても、お腹の中の赤ちゃんには、私が想像したことや感情はきっと筒抜けだったと思う。
ダイレクトな言葉では、どうしても言うことができず、「りーたんが、お腹の中にいたとき、喜べなくてごめんね。でも生まれきてくれたこと、嬉しいよ」
何回ごめんねを言っても足りないくらい・・・・
経済的なこと、手のかかるさんちゃんのことがあって、なんで今なのよ~って、受け入れられなかった。
赤ちゃんは神様からの一番の賜物だとわかっていても。
今ほど信仰もなかったから余計に、なんで!なんで!という思いばかり。
ママがそんな不安な思いばかり抱いていて、りーたんはお腹の中にいるとき、安心できた時あったのかな。
何度か先生が抱っこして、私と交代して、大泣きして、終了。
「もう来ないから!」
「あと一回は来ないと、しんどいかな」
「もう、自分でちゃんとできるから!」
「来るのいやなんだね~。」「ママはりーたんと二人の時間ほしいから、来ようね」
一段落して、りーたんは遊び出す。
前回は、少しすっきりした顔、今回はなんだか穏やかになったような気がした。
帰りは駅までは自分でしかっかり歩く。
この2日、叩いたりはするけれども、かなり落ち着きがある方だと思う。
「ママ、大好き」と抱きついてくる。
今までも、外で虫や花を見つけて教えてくれたけど、前より見つけた時の嬉しそうな顔がちがう。
私もその気持ちよくわかるなぁ。
初めて自分の心に蓋してた本当の気持ち、聴いて受け止めてもらった時、景色が違って見えた。
今までも色はついてはいたんだけれども、まるで白黒の世界からカラーの世界に来たみたいに、花を見て、空を見て、山を見て、鳥を見て、涙が出そうになるくらいきれい!って思った。それと似たような状況なのかな。
昨日は保育園まで、30分かけて歩いていった。りーたんが歩くと言うから
セミの脱け殻取りながら行きました
あと一回位で、一旦終了
また、荒れ出した時にセッションへ行けばいい。
今回のことがあって、改めて乳児期やお腹の中でのことが、人格形成に大きな影響を与えているのがよくわかった。
子どもだけの問題ではない。大人でも一緒。
今現在、目の前にある問題を解決しても、また同じようなことでつまずく、すっきりしない、根本的な部分に触れない限り、完全な解決にはなってないと思う。
根本的な部分に触れるのは、大人も子どもも辛いのは同じ。でも、その辛さの後にある素敵な自分への変化を知ってるから、りーたんとさんちゃんには、少し辛いかもしれないけど、一緒にがんばりたいなぁと思う。
子ども達と私の変化がとても楽しいです。
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