澄んだ青空がどこまでも広がっていた2020年11月某日。

 

窓をそろそろと開けると、冷え込んだ朝の空気が遠慮なくお部屋の中になだれ込んできました。
朝日が窓枠の端からきらきらと差し込んできます。

 

窓の外には、いつのまにか落葉して色鮮やかに変わった公園がありました。

紅葉に敷き詰められた地面からむき出しの木々が累々と並び、おのおのに枝を広げて、

そのか細い先端は、高く広がる青空を指し示していました。

 

いつの間にか冬が始まっていたんだね。

マウソックが、ベランダの窓を開けると、からりとした空気が頬に触り、流れていきました。

ぽぽくん、ジュニア君、おはよう。
ぽぽくん、ジュニア君のお部屋の外壁にはカイロを貼り付けています。
壁を伝わってくる温かさに2匹ともとりこ。壁にぺったりとくっつきながら、朝の空気に鼻を動かしていました。

 

寒いね、カイロあたたかい?
マウソックは2匹を見つめました。

もう1週間ほどおやつはあげていません。
おやつを食べると、ジュニア君の左瞼が、腫れていて、結膜炎のように赤くなっていることが分かりました。

なんらかのアレルギーを発症しているようで、どうしても腫れや目やにがひどいときは、抗アレルギー剤点眼と涙液点眼で様子をみています。

 

マウソックの視線は、無言のまま2匹のマウスの間を行ったり来たり。
2匹は、きょろきょろ眼球の動く、目の前の動物をじっと見定めています。


―あれ?おやつくれるかな。でもおやつを受け取るためにカイロから離れるのは寒いな。

でもおやつくれるかな。・・寒いな・・―

 

ぽぽは、動いた
朝日に照らされたジュニア君の目は潤んでいました。

 


腫れはそれほどひどくはない。掻痒行動もない。目やにもないが、涙が多いのが気になる。
マウソックは、もう微動だにせず、ジュニア君を見ていました。

 

そんなマウソックを見定めていたぽぽくん。段々期待の気持ちが沸きあがってきました。


―やけに、長くお部屋の前に居ますね。今日こそは、おやつをくれる・・そんな予感がする。

これは、寒いとかいってられん-

 

ぽぽくんは、3年半生きている、おじいちゃんマウスです。
秋に限らず、食欲は、春夏秋冬十分にあって、食べることが大好き。
お部屋の中にある小部屋からついに顔を出すと、背を丸めながらも、

すばやくマウソックの目の前まで来て、両足で立ち上がりました。


―今日は、くれますよね、おやつ。―

 


ちらちらと賑やかに動くぽぽくんは、ようやくマウソックの目の端に入りました。

 

ごめんね。残念ですが、おやつはあげられないんです。


ぽぽくんは、期待で輝く瞳をまっすぐこちらに向けています。
このまっすぐな動物の目は、マウソックの急所をするどく突きました。

 

マウスの表情
ごはんを新しく入れることで、なんとか誤魔化されてくれないだろうか。
大抵失敗するマウソックの浅知恵がまた炸裂しました。


いかにも、おやつ?の袋が開く賑やかな音。おやつ?が沢山こぼれてくるような楽しい音達。

ぽぽくんの目の輝きがどんどん増していきます。ジュニア君も薄く目を開けました。


―やった!!たのしみ!!―


音達につられてどんどんわくわくしていくぽぽくん。

たまらずぴょんぴょんジャンプしながら艶々の目をこちらに向けています。

 

・・・はい、どうぞ。
からからと容器にはいる幸せな音。
ぽぽくんは、一目散に容器に近づくと、一心におやつを探し始めました。


ーどこかな、どこかな、じゃまだな、これ。どこかな。ー

ご飯のペレットをぽいぽい容器の外に捨てて、かきわけて、かきわけて・・

ぽぽくんの行動が、突然止まりました。


・・・ない。おやつ、ない。

 

ぽぽくんの目からさっきまでの輝きが、みるみる消えていきました。
憮然とした表情を顔に出して、しばらく遠くを見ていましたが、

次第に湧き上がってきたのか不満から、静かな怒りも似た仏頂面をマウソックに向けました。

そして、むすりと背をひるがえし、のそのそと温かい小部屋の中へ入ってしまいました。

 

ジュニア君は、体を横にして目を閉じていました。

でも、マウソックとぽぽくんのやり取りにじっと聞き入っているかのように、耳だけを盛んに動かしていました。


―貰えなかったんだ―

 

午後まで時は進んで。
冬晴れのぬくもりが部屋の中で寝ている2匹を包み込んでいました。

 

マウソックは、温かい日の光の中で寝ている2匹を静かに見ていました。

そして、マウス達の小さな願いが叶うだけのことであってほしいと、心の奥に言い聞かせながら、

ちいさなちいさなおやつの欠片をそっと容器の中に入れました。