[由来]

その政治思想はもちろん、言葉使いから立ち居振る舞いに至るまで全てが理想の政治家像を体現する男とまで言われた与党最大派閥の有力議員が、当然の帰結として内閣総理大臣に就任。早速就任後初の記者会見が執り行われる運びとなり、全国民が新時代の幕開けを告げることになるであろう総理の第一声を期待した。だがその直後、彼らは予想だにしなかった事態に直面することになる。報道陣が詰めかけた会見場に突如として不穏な曲調の“入場テーマ曲”が鳴り響いたかと思うと、ブラックスーツ(というより喪服)に身を包み、スキンヘッドにサングラスというこれまでの折り目正しい姿からは想像もつかない異様な出で立ちの総理が現れたのだ。この異常事態に言葉を失った報道陣を尻目に悠然とマイクを握った総理は「ガッデム、オメーラ、エー! ヤトー、コラ! コクミン、ファッキュー!いいか、よく聞けコラ! ワシがトップに立ったからには、この腐った国を徹底的にレボリューションしてやる! ア〜イム、ソーリ!!」ド迫力のマイクパフォーマンスを決めた。この時の様子が、言うまでもなくプロレスの悪役(ヒール)レスラーの姿を想起させたことは、この内閣が以後「悪役(ヒール)内閣」と呼ばれるようになる理由としては十分すぎるものであった。

 

[足跡]

プロレスの世界では、人気・実力共に衰えが見えはじめた善玉(ベビーフェイス)レスラーが起死回生を狙って悪役(ヒール)に転向することはよくあることだが、この時の総理の豹変ぶりもまさにそんな事情によるものであったのだろう。こうして、今までの正統派の政治家としての自分の限界を突破した新しい“黒い総理”の快進撃が始まった。ある時は金融緩和政策の解除を発表した中央銀行総裁に対し、「ナニコラ、タココラ! ナニがしたいのかコラ! 金利を上げてコラ!」といわゆる“コラコラ問答”を仕掛けたかと思うと、まじめな国民の反感を買って一桁台まで急落した政権支持率について「サノバビッチ!支持率一桁台?ワシにとってはむしろ勲章よ!ガハハハハ!」とうそぶいて見せるなど、まさにやりたい放題。この国家存亡の危機に際し、普段はいがみあう与党と野党の間に想定外の結束力が生まれただけでなく、怒れる国民をも巻き込んでこの無法者総理に辞任を求める気運が高まった。かくして提出された内閣不信任案が衆議院において可決されたことにより遂に総辞職に追い込まれた「悪役(ヒール)内閣」だったが、最後に国会に姿を見せた総理は「ガッデム!いーか、オメーラ、よく聞け!オレは必ずこのコッカイに戻ってくるぞ!アイル・ビー・バック!ア〜イム、ソーリ!!」と捨て台詞とも言える最後のマイクパフォーマンスを決め、熱狂冷めやらぬ国会議事堂本会議場からその姿を消したのだった。その少し後、あるじの消えた首相官邸に戻った副総理は、総理の執務室の机の上に自分に宛てた一通の封書を見つける。「親愛なる副総理へ。これからこの国を任せることになるであろう君にだけは真実を話しておこう」そんな書き出しで始まるその手紙を一読した副総理は言葉を失った。そこには、意見の合わない者同士でも共通の敵の前では意外な結束力を見せるという人間の本能を利用して与野党や国民たちの気持ちをひとつにするため、あえて悪役を演じる道を選んだ総理の苦しい胸の内が切々としたためられていたのだ。この衝撃の真実を知ってその場で男泣きに泣いた副総理は、総理がヒールになってまで成し遂げようとした理想の国家実現を永田町の夜空に固く誓うのであった