[由来]

政府系シンクタンクのひとつである「国際マナーアップ研究所」の上席フェローという異色の経歴を持つひとりの上品な男が国会議員へと転身すると、紳士として非の打ち所のない洗練された所作でベリースマートに内閣総理大臣に就任。専属のスタイリストに定規を使わせてまで自らのヘアスタイルを毎日寸分たがわぬ七三分けに整えさせると、同様の髪型を閣僚たちにも推奨するのであった。また、総理の言葉使いには通常「お」を付けない言葉に「お総理」「お内閣」「お選挙」といったように「お」付けするという独特のクセがあり、これが国民たちにとっては極めて上品に感じられたことからごく自然な流れで「お上品内閣」と呼ばれるようになった。

 

[足跡]

世界的に見ても非常に高水準であることに定評のある我が国の民度だが、「お上品内閣」ではこの民度の更なる向上を目指した政府主導の取り組みである「“お”付け運動」の推進を決定した。これは先述した総理の言葉使いのクセから発想された一種のマナーアップ運動で、今まで“お”を付けて使われることのなかった言葉たちにあえて“お”付けすることで、国民生活を日常の会話レベルからお上品に底上げするというものだった。法的強制力のない、あくまで内閣からの提案レベルのムーブメントであるこの「“お”付け運動」だったが、フタを開けるとこの不思議な言葉遊びの沼に首までズッポリはまり込む者が続出。この状況を見て、総理は早速内閣府ホームページを通じて国民に「お」をつけてみたら意外に面白かった言葉を募集したところ、そこには「おティッシュ」「お電車」「おスマホ」「お野球」「おパスタ」「おヤクザ」などといった数々の名作が寄せられることとなった。こうして我が国における言文一致運動以来の言語の革命と言われるようになった「“お”付け運動」のブームはさらに過熱し、最終的には名作の数々をプリントしたTシャツが全国的に売れまくるなど、思わぬ経済効果まで生み出す騒ぎとなったのだった。このように誰も予想だにしなかった角度から脚光を浴びることとなった「お上品内閣」だったが、この内閣の持つ本来の意味どおり毎日一分の隙もないスーツ姿で国会での審議に臨み、場内では決して汚いヤジなどを飛ばさないという総理や閣僚たちの紳士的スタイルは野党議員や国民たちの尊敬を集めた。しかし、その紳士的な態度を維持したまま内閣総理大臣としての激務を続けることに限界を感じた総理は、任期満了を待たずして辞任を決意。国民に向けた最後の挨拶の場となる官邸での記者会見にシルクハットに燕尾服といういでたちで臨んだ総理は、シルクハットのつばに手を掛けながらうやうやしく一礼すると「国民の皆さま、私、このたび一身上の都合により“お辞職”することとあいなりました。それでは、また会う日までごきげんよう!」と、最後まで立派な紳士としての姿を国民の目に焼き付けつつ華麗に去ってゆくのだった。