[由来]

汚職、横領、政治資金規正法違反、中抜き、丸投げ、いじめ、各種ハラスメント、女性蔑視、迷惑系ユーチューバー、経歴詐称、児童虐待、国際ロマンス詐欺、AIによるフェイクニュース、ポイ捨て、横入り、自分の番で使い切ったトイレットペーパーを交換しないなどなど、現代社会にはびこるありとあらゆる悪に深くいきどおる一人の国会議員が、その純粋な怒りと執念のみを頼りに内閣総理大臣に就任すると、心中に渦巻くその激しい怒りに駆り立てられるように新内閣を組閣。まるで東大寺の仁王像がそのまま動き出したかのような険しい形相で就任会見の場に姿を現した総理の姿を見た国民たちは、深い畏怖と尊敬の念を込めてこの内閣に「怒髪天内閣」の呼び名を与えるのであった。

 

[足跡]

「怒るべき時に怒れない人間の人生はみじめなものである。そしてまた、それは一つの独立した国家においても何ら変わることはない」そんな持論の元、心中に煮えたぎるマグマのような怒りのパワーを原動力として社会改革に乗り出した「怒髪天内閣」総理だったが、その政権運営はまさに壮絶の一語に尽きるものであった。ひとたび通常国会が招集されるや、会期中の議事堂内は当該内閣に触発されたかのような激しい口調で総理を糾弾する野党議員と、これに対して喧嘩上等、常にブチギレの態度で応じる総理の怒号が飛び交う殺伐とした地獄絵図が展開された。しかし、与党も野党もなくお互いが腹の底から怒り合い、怒鳴り合うことで不思議なカタルシス効果が生まれ、最終的にはあらゆる議題で与野党が納得のいく落としどころに辿り着くのであった。また、このような今まで見たこともない国会議員たちの本音のぶつかり合いを目の当たりにした結果、「社会や人生なんて、どうせこんなもの」と政治や社会の腐敗に怒ることもなく諦めムードに支配されていた国民たちの胸にも小さな怒りの炎が生まれ、ひとりひとりの静かな怒りはやがて巨大な奔流となってこの国の硬直した社会構造を根底から揺るがし始めるのだった。そんなある日、突如として発表された緊急記者会見に臨んだ総理は、カメラの向こうの国民に向かって「コラ〜、このバカチンどもが〜!」と怒声を響かせると、固く握ったゲンコツを大きく振りかぶる仕草を見せた。この様子を「また総理に怒られる!」とビクビクしながら見ていた国民の多くは思わず目をつむったが、いつまでたっても総理のカミナリが落ちる気配がないので、おそるおそる目を開けたところ、テレビ画面にはニッコリ笑った総理が大きく開いた手のひらをこちらに向ける様子が映し出されていた。この予想外の状況に面食らいながらも国民たちがテレビ画面をよく見てみると、総理の手のひらには達筆な文字で「減税」の二文字が書かれているのが見て取れた。これは政府から国民に向けたサプライズメッセージ発表にあたっての総理の粋な演出だったが、このように時折みせる総理のお茶目な一面は普段の怒り狂う姿とのギャップもあってますます国民を魅了してやまないのであった。こうして着実に長期政権への道を進むかに見えた「怒髪天内閣」だったが、その激しい怒りの代償とも言える高血圧の悪化により総理にドクターストップがかかり、最後は実にあっけなくこの内閣は幕を閉じることとなった。総理退陣後、社会全体がまるで激しい怒りの後に訪れる虚脱状態のように、長い停滞期へと突入したのは言うまでもない。