[由来]

多数の著書を発表し、そのほとんどがベストセラーになった人気の経済学者が政界に進出して数年。その人気により労せずして内閣総理大臣の座を勝ち取った彼は、大学教授時代から提唱してきた「ジグソー理論」を基に大胆かつ緻密な経済振興・雇用促進政策を推進した。また、長年の趣味としてジグソーパズルをこよなく愛する総理自らが監修した5000ピースの国会議事堂外観巨大パズルを議事堂見学者向けのおみやげとして発売して海外からの観光客にも好評を博したこともあり、「ジグソー内閣」の愛称で広く世間に親しまれることとなった。

 

[足跡]

総理が提唱する「ジグソー理論」とは、「この世に生きるすべての人には社会のどこかに自分という“ひとつのピース”がぴったり収まる穴(職業)が存在している。しかし、多くの人はその穴を見つけることができず、手近な所に見つけた適当な穴で妥協した上、自分自身の形(意志や理想)をむりやり変形させて穴に収まり、不本意な苦しい人生を送っている」といった要旨のものだったが、当該内閣ではこの理論に基づいて我が国の労働環境改善を目指し、すべての国民が自分にぴったりフィットする職業(穴)を見つけられるように就労支援や職業訓練といった公的サポートを広く実施した。こうした取り組みによって雇用問題の解消に一定の成果を上げた「ジグソー内閣」だったが、今度は財政再建、少子化対策、食料自給率の向上、環境保護などの諸問題にひとつひとつ丁寧に対応していくことを表明。その様子はまるで、様々な問題がすべてクリアされた社会の実現に向け、総理と閣僚たちがひとつひとつ“理想”という名のピースを組み上げていくかのようだった。こうして目覚ましいというほどではないにせよ、各種統計値がポジティブな変化を見せ始めた頃、当の総理は政権発足当初のような情熱を失ったのか、突如として辞任を表明。期待された社会構造の大変革を成し遂げることなくフェイドアウトすることになったが、その様子は国家という名のあまりにも巨大なジグソーパズルを完成させることなく、国民に内緒でこっそり押入れに仕舞い込む一人のジグソーマニアの姿に重なったという。