[由来]

幼少の頃から三度の飯より勉強が大好き、という勉強マニアにして生来の“教え好き”の男が教職から塾講師を経て政界に進出。持ち前の向学心を政治の世界でも存分に活かして文部科学大臣にまで上り詰めると、勢いもそのままにとうとう内閣総理大臣のポストを勝ち取った。こうして内閣府の長たる地位に就いた後も彼の勉強好きは衰えることを知らず、国会においてもその日の審議を早めに終わらせると余った時間で与党・野党の垣根なく全国会議員が学び合う勉強会を開くなどしたことから、その姿勢に感銘を受けた国民たちからリスペクトを込めて「寺子屋内閣」と呼ばれ始めたのだった。

 

[足跡]

こうして徐々に国民の支持を集め、軌道に乗り始めた「寺子屋内閣」の政権運営だったが、総理や閣僚たちは元より野党の議員たちまでもが進んで勉強する姿をテレビの国会中継などで目にして触発されたのか、小学生から中学生までを中心とする全国の子供たちが自発的に勉強に取り組み始めるという予想外の事態が発生。政府にとっても嬉しい誤算となったこの現象は列島を巻き込んだ巨大な勉強ブームへと発展し、遂には国際学力調査「PISA」のランキングにおいても我が国が上位にランクインするという奇跡の好結果を招いたのだった。これにすっかり気をよくした総理は急遽開かれた記者会見において、「“憂い”という字に、そっと寄り添う“人“と書いて“優しさ”と読みます。皆さんも困った人に寄り添う優しさを忘れずに、ますます勉強に励んでください!」などと、ここぞとばかりにどこかで聞いたような理想の教師風メッセージを子供達へ贈るのだった。その後も目立った失策もなく安定した政権運営を続けた「寺子屋内閣」は、金八や熱中先生などこれまでに我が国が輩出してきた名教師たちの能力を徹底分析して究極のAIスーパー教師を生み出す国家プロジェクトを推進するなどして一定の評価を得るなどしたが、やがて任期満了により総理の座を退くこととなった。こうして最後の審議を終えて国会を後にする総理に向けて、全国会議員による「仰げば尊し」の合唱が、万感の想いと共に捧げられたのであった。