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そぴあのブログ

今はカードキャプターさくらにハマり中です。
もちろんケヴィン・レイノルズ選手とニコライ・ホジャイノフ氏が好きです。
レイノルズ選手は引退されましたが、ホジャイノフ氏についての考察や感想も続けます。

10/24日は京都に行ってまいりました。
午前中は京都での大切な所用がありましたので、それに費やしました。午後からは三十三間堂に参拝し、素晴らしい御仏像群に感嘆したその後。いよいよ、19時からは、ホジャイノフ氏がソリストとして出演される、京饗の定期です。
京都コンサートホールは、立派な美しいホールでした。階段ではなく、ゆったりとなだらかなスロープが螺旋状に、上階へとつながっているなど、設計にも工夫がされているようです。余談ですが、この螺旋状のスロープと、中央の広間にオブジェの柱が数本立っているデザインは、まるで「ゼルダの伝説」のゲーム中のダンジョンのようでもありました(笑)。

この日は開演前に、指揮者チャールズ・オリヴィエリ=モンロー氏のプレトークがありました。
ホールの中で、声が響き過ぎて、話が聞き取れない部分が多く、それほど熱心に聞いていなかったのですが、2曲目のお話しの中で、「ロシアの若いピアニストが叙情的に演奏します」との通訳の女性の方の声が急にはっきりと聞こえてきました。
オリヴィエリ=モンロー氏は、レイノルズ選手と同じカナダの、トロント出身の方だそうですが、現在は、スメタナの故郷チェコで、活躍されている方との説明が書かれていました。不勉強のため、北米出身の方をあまり知りませんので、はたしてどんな指揮をされるのだろうかと、期待半分、不安半分だったのですが、その表情などから、ソリストの意向を尊重した指揮をされる方なのだろうと、思いました。

ところで、本日の使用ピアノですが、舞台袖の方に準備されているピアノは、スタインウェイのピアノでした。ヤマハでないのは、初めてです。とても良く手入れされている様子の美しいピアノでした。一体どんな音を奏でるのでしょう。

さて、1曲目。スメタナ作曲の歌劇「秘密」序曲。序曲らしい予感に満ちた軽快な曲で、テンポよくメリハリのきいた演奏でした。ただ、少し直線的なというか、陰影がないというか、明るく単純な印象を受けたのですが、指揮者の方の志向なのでしょうか。初めて聴く曲ですから、よくわからなかったのかも知れませんが。いやむしろそういう歌劇なのでしょうか、歌劇自体は恋人同士が紆余曲折の後に結ばれる恋愛ものだそうで、「秘密」という題名の割には単純なコンセプトの歌劇なのかも知れません。

この後に、ショパンです。この協奏曲、女性への恋心から霊感を得て、書かれた作品とのことです。歌劇「秘密」と異なり、結局、実を結ばずに終わったショパンの初恋だったそうですが。ハッピーエンドの歌劇の序曲の後の、ショパン、どうやら最後は失恋したらしい初恋から生まれた2番。冒頭のオーケストラ、淡々と静かに始まりました。

繊細な美しい音色でした。弱音が美しく、表現力があるということは、前から周知のことではありますが、それにしてもいつもにも増して、美しく、柔らかく、軽やかでした。絹糸を紡ぐような演奏が続きます。第一楽章でこれなら、第二楽章は、もしかしたら、いわゆる甘美な演奏になったらどうしようと、いやどうもしないんですが、でもちょっと、恐る恐る(?)聴いておりましたが…。うーん、やっぱり、甘美な、という演奏にはならないのですね。優美ではありましたが。彼の演奏は、いわゆる甘い、かわいい、砂糖菓子のような(まさにイタリア語のドルチェのような?)、演奏には、どうしてもならない気がします。いつかは、そんな演奏も聴けるのかも知れませんが。今聴こえてくるのは、若者が、初恋の甘さ、切なさを、思い出として昇華し、その先に、前へと、未来に向かって進もうとする、まさにその胸に抱く、希望。もとは甘美な感傷や傷心があったとしても、今は既に新たなものへと、成り代わってしまった後のような。弦のトレモロが、不思議に明るく響きます。指揮者の方も、オーケストラの方も、若いソリストを尊重し、支えようとしていることが伝わってきます。

第三楽章、冒頭、ピアノの軽やかで、可愛らしいともいえる出だし。…やっぱり可愛くはなく、むしろ、感じるのはひたむきさと真面目さ。こつこつと努力してきた何事かが完成する目前の芸術家、あるいは、冬のはじめに植えて手入れしてきた球根が今まさに花開こうとするその瞬間を待っている園芸家…。待っているのは輝かしい栄光の日々? このまま華やかに幕は下りるのでしょうか。終結近く、音は勢いを増し、いよいよ盛り上がるのかと思いきや、しかし、オーケストラは、すっと制動をかけられ、間をとるかのように静けさを呼び込み、落ち着きを取り戻します。ピアノは、理性を保ったまま、滑らかに、丁寧に、どこまでも柔らかく、優しく、美しく繊細なままに、流れるように終止しました。

こんなに美しい曲だったのかと、またもや驚かされた演奏でした。ホジャイノフ氏には、聴く度、予想外の感動をもたらされます。ピアノがスタンウェイでしたが、クリスタルのような硬質でクリアな輝かしい響きが、とても効果的でした。
ただ、少しだけ、指揮者の方は、もしかして少しやり難かったのでは、という気がします。ソリストに合せようとするあまり、本来のご自身の音楽を出しきれなかったのではないかなと思えました。ホジャイノフ氏の音楽と、オリヴィエリ=モンロー氏の音楽、方向性はかなり違っていたはず。もちろん、同じなわけはないのですが、オリヴィエリ=モンロー氏は、何よりソリストを尊重して指揮されていました。そうなると、それでなくとも厚みのない、ショパンの協奏曲のオーケストラです。協奏というより、伴奏になってしまったような…。いえ貧弱というのではなく、美しく素晴らしい演奏だったのですが、何か遠慮が過ぎるような気がしたというか。もっとも、それがこの、ショパンの協奏曲らしい部分かも知れないのですが。
実は、私の持っているこの曲のCDで、オーケストラが素晴らしく聞こえる1枚があります。ピアノも力強く、今日の演奏とは随分印象の違う演奏なのですが、このCDの印象が強すぎるせいでそんなことを感じただけなのかも知れません。でも、こういった点も含めて、協奏曲の魅力なのでしょうね。ソロの楽器と、オーケストラの、その異質な双方、それぞれどちらもが並び立って、はじめて完成する音楽。時には競争があってもいいのではとか、思ってしまうのは、自分でも矛盾しているなあと…。サントリーホールでの第三楽章のもどかしさとは逆に、今度は物足りなく思うというのは、勝手なことですね。

さて、鳴り止まない拍手に、アンコールが2曲…。2曲は、さすがにやり過ぎではと、ちょっと心配になりました。オーケストラの方も指揮者の方も後ろに待っておられる状態でしたし。

そして休憩をはさんで、3曲目。メインの、スメタナ弦楽四重奏曲「我が生涯より」のジョージ・セルによる管弦楽編曲版。
さすがに、これは、もう、オリヴィエリ=モンロー氏の本領発揮という感じで、生き生きと音楽が淀みなく流れます。そして、第三楽章終盤の、チェロの独奏から始まり、ヴァイオリンの二重奏が重なっていく部分、素晴らしい演奏で、本当に美しかったです。もとから、オーケストラ曲だったのでは思えるようなスケールの大きな曲になっていましたが、この部分には、元の室内楽としての、面影を残しているのでしょうか。そして第四楽章。「我が生涯」、最後は静かに幕を閉じるように終結しました。
恋を予感させる序曲から、恋そのものが動機のショパン、そして、歓喜あり、苦悩あり、しかし最後は全てを受け入れたのか穏やかに終止する、人生そのものを表しているかの「わが生涯より」。プログラム自体が、一つのストーリー、一人の人生でした。

演奏が終わり、大拍手、ブラヴォーの声も飛び交い、当然にアンコールがあると思っていたら、オリヴィエリ=モンロー氏は、時計を指さしました。時間切れ、もう演奏する時間が残されていないとのこと…。…やっぱり…アンコール2曲はやり過ぎだったのですね…。

この日の京都は快晴にめぐまれ、演奏と同様、素晴らしい日でした。紅葉には少し早かったのですが、来日されたお二人には、演奏だけでなく、京都を楽しんでくださっていたらよいのですが。
ホジャイノフ氏は、お茶にはまっておられるとのことでしたが、宇治のお茶を味わったりされたのでしょうか。どうか日本での良い思い出を増やしてくださっていますように。