■はじめに――――――
本記事は、貴志祐介氏原作「悪の教典」(文春文庫/上下巻の小説、講談社/全9巻刊行の漫画版、作画は烏山英司氏)の二次創作小説となります。
閲覧に至っての注意点等は下記を。
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昼下がりを迎えた学園内は、いつもと変わらぬ和やかな陽気に包まれていた。
「⋯⋯怜花、大丈夫か? 朝と比べて一段とげっそりしてっけど」
それに反比例するかのような、怜花の昼休み明けからの、精魂尽き果てたかの様相に、雄一郎が憂慮の念を顕わにする。
「うん、大丈夫⋯⋯ありがと」
言葉とは裏腹な、焦燥が敷き詰められたような語勢で彼女は答えた。
『蓮実教諭の特別レッスン』は、日頃彼を慕っている学内関係者の目からすれば、非の打ち所がないものだった。
普段から蓮実の薫陶を受けている学年屈指の優等生たちが、活気に満ちた様子でランチ・タイムに英会話を楽しんでいる情景は、そのまま晨光学院町田高校の入学希望者向けパンフレットの表紙を飾れるのではないか、と思えるほどに『生徒が描く理想の高校生活』を体現していた。
――What's in a name? that which we call a rose. By any other name would smell as sweet.
夏休み明けすぐに実施される学園祭で、披露予定のESS部による英語劇。
ヒロインである『ジュリエット』役を担う、柏原亜里の台詞回しが、怜花の頭の中をループする。
確かに、今のESSメンバーにとっては『蓮実先生』でも『ハスミン』でも、どのように呼ぼうが、彼そのものが自分たちを優しく包み込んでくれる魅力的な存在に違いないだろう。
だけど、その呼び名を『怪物』に改めねばならない状況に陥った場合はどうだろうか。
これまでと何ら変わらずに、目の前で快活に流暢な英語を振る舞っているこの教師――その時にはもう失職しているに違いないが――の『甘い香り』に引き寄せられ続けるのだろうか。
周囲のいかにも上機嫌なありさまと、自らの内心で抱く疑惑が産むコントラストから、どうしてもそんなことばかり考えてしまう。
「Excellent! 今日はいつにも増して発音がいいぞ、お前たち! よし、それじゃあ折角だから次の台詞を⋯⋯Miss Katagiri! 読んでみてくれ。『ロミオとジュリエット』の中でも印象的でロマンティックな一文だ。Please Stand up!」
蓮実がにこやかに怜花に促すと、おお~っ! という歓声が湧く。
先ほどからの脳内の荒波に揉まれ、 強張った表情筋を何とか操作しながらの笑顔で、怜花がそれを読み上げる。
「えっと⋯⋯ら、Love is a smoke and is made with the fume of sighs⋯⋯」
「Good,Good! ちょっと固いけど丁寧で良い発音だぞ、片桐。やるじゃないか!」
蓮実からの称賛に怜花が小さく、ありがとうございます、と返すと思わず拍手が巻き起こる。
「いいじゃん、怜花~! もうこうなったら、今日からでも立派なESSの一員だね!」
「そうだよ~。毎日来れなくてもいいからさ。仮入部、みたいな感じでもいいんじゃない?」
楓子や舞が今朝同様のえびす顔で語りかけると、亜里やまどかも、ほんわかとした口調ながら熱心に勧誘してくる。
「うん⋯⋯そうだね。思ってたよりずっと楽しいし。ちょっと考えてみようかな」
彼女からの前向きな返答に、より一層、ESS陣の艶っぽくはしゃぐ声が部室中に響いた。
蓮実教諭もその光景を目にしながら、満足そうにこちらを見ながらしきりに頷いている。
それらを俯瞰した後、怜花は目立たぬよう、ハァッ⋯⋯と息をつく。
――愛は、溜め息で出来ている?
いや、単なる精神的な疲弊だろう。
予想外だった昼休みの行事を終え、蓮実は担任クラスである四組の五限目の教壇に立っていた。
心なしか、いつもと変わらぬ風景の中でも、今日は格別に、自分を慕う雰囲気が生徒たちに染み渡っているような気がする。
やはり、可愛い教え子たちの無理難題を受けてやった判断は正解だったようだ。
これでもう、これからの王国運用に支障は皆無、と見てよいだろう。
愉悦した面持ちで授業をこなしている最中、教室中央より一席ほど後方に位置して座っている片桐怜花に目をやる。
少しの間視線が合うが、例の如く、どこかよそよそしく緊張した表情で目を逸らされてしまう。
今までであれば、そんな彼女の態度を疑問に感じているところだが、それに対し明確な回答を得られた現在では、その仕草もまた、愛玩生徒の一人として相応しい媚態的な動作として写る。
今日を境に、本腰を入れてESSに入ってくれないものか。小野寺楓子や去来川舞といった他の部員との関係は良好であるし、そうなると障害はやはり阿部美咲の存在か。いや、それだけではなく美彌の反発も予想以上のものになるかもしれない。普段行動を共にしている夏越雄一郎の介入の可能性も看過できないだろう。もどかしいところだが少し様子を見つつ⋯⋯だが、そうした懸念を加味しても捨て難い逸材だ。
両極端は、相通ずる。今まで避けられてきた分、もしかしたら美彌以上に、己の色欲を存分に満たしてくれるペットになってくれるやもしれない。
⋯⋯改めて観察すると、小柄ながら中々良い『肉付き』をしている。
ちょっとばかりアプローチの手法を変えて、うまく手綱を操ってやれば⋯⋯。
怜花は人知れず、座席で小刻みに震えていた。
小学六年生の時、それまでの人生の中で生じた最大級の警報音を、傍から見れば『爽やか』そのものとしか思えない、目の前の担任教師の姿にも再度感じ取ったからだった。
――この先生は、わたしたちを、変な目で見ている。
周囲の好評判とは裏腹に最悪級の『ロリコン教師』であった当時の担任教師と、蓮実の姿とがオーバーラップしていく。
怜花は震える手を懸命に握り締めて、心の裡で強く念じるように叫んだ。
あなたのような人間は、この学校に居てはいけない。
「なあ、圭介。俺の地下足袋、明らかにサイズおかしくねぇか? なんでこんなダボダボなんだよ」
雄一郎は放課後、圭介が昼休み中に設置した『石膏版』を回収すべく共に出向いた、北校舎北東に拡がった林の中で愚痴を言う。
「お前が適当に買うからだろ。まあ、この作業の間だけなんだし、我慢しとけよ。おっ、良い感じじゃねーか!」
圭介はベニヤ板に囲われた真っ白な石膏の表面を拳で叩きつつ、ゲソ痕の奪取に向けて意気揚々としていた。
「ほぇ~、やるもんだな。実験の段階ではちょっと柔かったところもあったけど。⋯⋯しかし、志野先生の言ってた通り、本当に蓮実が真田先生の車を衝突させた後、この道を走っていった、ってことになるんだな」
雄一郎は現場にまだ幾つも残ったままのスニーカーの足跡を眺めながら、しみじみと呟いた。
「ああ。ただ『棒』がまだ見つかってねぇ。ひとまず、こいつを回収してからその辺探ってみようぜ。壊さねぇように慎重にな」
圭介の合図で、型崩れしないよう二人協力し合いながら、蓮実が残した証拠の一つを丹念に剝がしていく。
数分ほどかけて取得した石膏の、地面に接した面をチェックすると、見事に、一足のスニーカーの底痕が、白面に綺麗な凹凸を形取っていた。
二人はハイタッチをした後で、ナイロン製の袋に静かにそれを詰める。
「よし、お次は竹棒、だな。確か凛さんの見立てだと⋯⋯」
圭介、雄一郎ともに本作戦の総仕上げである切り札的証拠を手にするべく、息を殺し林の中を徘徊し始めた。
―――
――
―
蓮実が真田教諭の車を酒井教頭の車に衝突させた時、謀略のために使用したと思われる、蔓薔薇の竹棒、それと逃走に際し林の中に残した足跡。
一見すると、これでこの事件の真犯人は蓮実だ、と断定出来るような証拠かに思える。
だが、圭介にはどこか納得出来ない点もあった。
「竹棒は、奴が持ち帰ったりせずに、そのまま逃走経路である林の中に投げ捨てていった可能性が極めて高い。それもわざわざ隠すような真似はせず、走行の途中で無造作に放ってしまった筈だ。『木の葉は森に隠せ』ではないが、周囲を緑に囲われた、ここまでおあつらえ向きな状況もそう無いからね。それに、七国山緑地までの距離を考えたとき、そこまで竹棒を手にしたままだといくらなんでも目立ち過ぎる。足跡が続いている、すぐどこかの脇にきっと転がっている筈だよ。そして、見つけたときに注意してほしい点は⋯⋯ん、どうかしたかい? 早水くん」
凛太朗は説明の中途で、まるで喉に何かがつっかえているような表情をしている圭介の様子に気付き、問いかける。
圭介は頭を掻きながら、疑義を述べる。
「その⋯⋯足跡の方は蓮実が林の中を突っ切っていった、って証拠になるから、この事件に関して奴を追い詰めるのに必要になってくる、ってのは分かる。俺の推理通りなら竹棒も、な。だけど、竹棒に関しては、それが見つかったところで、『確実に林の中にあったもの』なんて、証明は厳しいんじゃねぇのか? 『車内に残ってた蓮実の髪』と同じでよ」
怜花、雄一郎ともにそれを聞いて思わず、あっ⋯⋯という顔になる。
毛髪とは違い、そうそうスペアなど取り揃えられるものでもなく、用意出来たところでそれが『車のアクセルを外から操作するために使われた』かなど、あくまで憶測ということで片付けられてしまうだろう。
ここに来て生じた、切り札的証拠が使えない証拠となってしまう危機に、三人とも、不安気な様子で凛太朗を見つめてきた。
凛太朗は「なるほど⋯⋯」と小さく呟いてみせる。
だが、相変わらず余裕の笑みを絶やすことはない。
「確かに、その竹棒が『林の中で見つかったものか』などという証明は難しいかもしれないね。いや、正確に言えば、竹棒に付着してある土の成分やら何やらを調査依頼すればいいのかもしれない。⋯⋯けど、言いたいのはそんなことじゃなく、『物にはそれぞれの役割』がある、ということなんだ。俺が竹棒に聞きたいことは、どこに居たのか、ではなく、何をしていたのか、ということなんだからね」
含みがふんだんに入った言い回しに、圭介は苛立つ。
「いや⋯⋯だから! その『どう使われていたのか』ってことも、証明する手立てがあるようには思えねぇんだって! 俺が言い始めたことだってのは認めるけど、一体どうやって蓮実が竹棒にアクセルを踏ませた、って立証を⋯⋯」
興奮し始めた圭介を手で制して、凛太朗が尚も続ける。
「どうも君らしくないよ、早水くん。説明の途中だったね? もし、林の中で竹棒を見つけたときの注意点。現状保持、だ。決してあちこち触りまわったりせずに、もちろん洗浄なども絶対に駄目だ。ありのまま、あの事件後からそっくりそのままの姿を保全して、それを蓮実に突き付けてやる。それさえ守ってやれば、そいつは『あの日自分がどんな風に使われたのか』を鮮明に物語ってくれる。⋯⋯早水くん。今一度、君が昨日俺に聞かせてくれた推理を振り返ってみてほしいんだ」
(ったく⋯⋯どういうこった?)
圭介は不貞腐れながらも、凛太朗の言葉の真意を探るべく、しばしの黙想に入る。
⋯⋯竹の棒。
⋯⋯泥酔した真田教諭を運転席に乗せて、そいつで外からアクセルを⋯⋯。
⋯⋯そのせいで、真田、酒井教頭両方の車が大破⋯⋯。
⋯⋯アクセル⋯⋯押し込む⋯⋯?
――!!!
圭介は不意に、雷に打たれたかのように身を揺らし、目を大きく見開いた。
「そうかっ! ⋯⋯そういうことか」
「おいおい、どうしたんだよ圭介!? 何が分かったんだ?」
雄一郎が未だピン、と来ていないような顔色で彼に問い質すと、怜花も驚いた様子で目をしばたたかせた。
「ご明察。早水くん、気付いたようだね?」
凛太朗は満足気に指先をパチッと鳴らす。
このワードの意味するところは、蓮実によってすでに周知済みだろうか。
事前に圭介から送られてきた情報には特に無かったのだが。
――Magnificent!
―――
――
―
蓮実が北校舎以東の林の中に残していた足跡は、予想以上に続いていたが、その付近には際立って目を引くようなものは落ちていない。
放課後で時間の余裕はあるものの、中々切り札的証拠に至ることが出来ない現状に、二人とも焦りの色を見せ始めていた。
一昨日に毛髪探索犬となって蓮実の髪を探していた怜花も同じような心持ちだったのだろうか。
雄一郎は、そんなことを考えていた。
「くっそ〜、見つかんねぇな。足跡はここで途切れちまってるし、何か目印になりそうなモンがありゃあ⋯⋯」
圭介がキョロキョロとしながらそうぼやくのを聞き、ふと雄一郎が小声で囁く。
「なあ、圭介。蓮実って、確か右利きだったよな?」
「あん? そうだったと思うけど。それが何か関係あんのかよ?」
「いや、リレーのバトンじゃねぇけどよ。人が棒みたいな物持って走るときってさ、自然に利き手とは反対の手に持ち替えたりするんじゃないか、って。すると、林の中をこう⋯⋯腕をブンブン振ったその勢いで竹棒を飛ばしてたら、と思ってよ」
雄一郎はその場で、ランニングをする際に腕を大きく前後に振る要領でアクションをしてみせる。
「⋯⋯! それだっ、雄一郎! だとすりゃあ⋯⋯」
やはりこいつは、ここぞの場面で頭が冴えているところがある。
親友からの貴重な示唆を受け、捜索の範囲を足跡が残した線の左側に絞ることにした。
――すると、どうだ。
「⋯⋯圭介っ! これ⋯⋯」
「ああ、やったな⋯⋯。いよいよ大詰めだぜ!」
地面に複数残った蓮実の足跡が途切れる直前、その左斜めに丁度5mほど進んだ位置に、数日前まで薔薇の成育を立ち支えていたに違いない、緑色の細長い物体が転がっていた。
怜花は、その日の授業をすべて受け終えた放課後、北校舎3階に位置している図書室の窓際で、林周辺の様子に気を揉んでいた。
一昨日、今日と行われた『作戦決行』の最終段階。
圭介と雄一郎の二人が物証を回収している間、怜花が放課後に図書室で自習をしている体で、見張りに付く。
そして『作業完了』の報を受け取り次第、下校準備の後、林を抜けて校外に降り立った二人と落ち合う⋯⋯。
以上で、めでたく三人の任務完了、となる運びだ。
教科書とノートを開いている傍ら、しきりに外を気にしているその様は、授業中であれば教師からの注意の対象ではあるが、放課後の図書室にはいかにも『はぐれ者』(失礼ながら)かつ自分の世界に没頭しているような生徒しかおらず、あまり気にする必要もなさそうだ。
それに、肝心の蓮実教諭は夕方以降、本館で職員会議に出席しているそうだし、見張りも少し気を緩めてしまっていいかもしれない。
⋯⋯とにかく、この三日間は神経が擦り減ることばかりだった。
月曜日の阿部美咲たちとの一件に始まり、本日昼休みの蓮実教諭特別補習。正直、これ以上の精神侵食に繋がる出来事は耐えられない。
怜花は遠い目をしながら、窓の外の景色を眺める。
この数日の自分の心労と引き換えに、クラスの皆が今のまま、笑顔で毎日を過ごして、卒業していってほしい。
まだ何日と経っていない、修学旅行先の京都で願掛けをしたのと同じ望みが、暗闇に小さな灯りを揺らす一本のロウソクのように頭に浮かぶ。
そのためには、皆がどれ程悲嘆に暮れようとも、あの『怪物教師』⋯⋯そう、視線の先で、今まさに林の方向へと歩を進めている、蓮実教諭の『正体』を顕わにしなければいけない。
志野先生が語ってくれたように、今誰かが蓮実の暴走を食い止めなければ、わたしたちだけではなく、クラスの皆、学園中を危険に晒すことになるのだから⋯⋯。
そのためには⋯⋯どうしても⋯⋯。
――えっ?
怜花はそこで考えを急停止し、思索を巻き戻す。
⋯⋯クラスの皆が今のまま笑顔で⋯⋯違う。もっと後だ。
⋯⋯志野先生が語ってくれたように⋯⋯行き過ぎた。その直前。
わたしは何を目にしていた⋯⋯?
いや、たった今、何を目にしている⋯⋯?
⋯⋯視線の先で、今まさに林の方向へと歩を進めているのは⋯⋯。
蓮⋯⋯実⋯⋯?
⋯⋯嘘?
なん⋯⋯で?
身体全体から、みるみる内に血の気が引いていく。
とてつもない恐怖に曝されて、瞳孔がこれ以上ないほどに開かれているのが分かる。
(今日あいつは職員会議だった筈じゃ⋯⋯。まさか、昼休みのわたしの様子がおかしいことに気付いて⋯⋯? ⋯⋯えっ? じゃあ、わたしのせいで圭介と雄一郎が蓮実に⋯⋯)
頭の中がぐちゃぐちゃで、おかしくなりそうだった。
⋯⋯えっ?
えっ、えっ、えっ?
ようやく、現在進行形で目にしているその光景の意味を嚥下したとき、怜花はカバンから、藁にも縋るような手付きでスマートフォンを抜き出し、決死の形相で親友二人にメッセージを送ろうとする。
(イヤアアァァッッ!!! 圭介っ!! 雄一郎っ!!)
指の震えが止まらず、半狂乱状態。
心臓はパンク寸前までに鼓動を打ち続けていた。
〈蓮実が林に向かってる!! お願い!! 早くっ!! 早く逃げてぇっ!!〉
涙目になりながら作成した文章の、送信アイコンをタップしようとした、そのとき。
眼下に映る蓮実が、ピタリ、と林の前で静止したかと思うと、そのまま反対方向、北校舎側へと向き直り、立ち止まった。
怜花はビクッ、と身を固める。
自分の存在を勘付かれたか、と思い、こわごわと様子を観察していたが、そういうことでもなさそうだった。
しばらくして、蓮実の元に駆けていく、一人の女生徒の姿が見えた。
気付けば、その女生徒から微妙に距離を置き、数人の友人かと思しき生徒が、囃し立てるように取り巻きを形成している。
蓮実はその女生徒と数十秒ほど会話を交わし、何かを受け取った後で、いつものように頭を『くしゃくしゃ』してやっていた。
その行為を受けた女生徒が泣きながら、蓮実に頭を下げると、友人たちに肩を叩かれながら彼に大きく手を振って去っていく。
蓮実も笑顔でそれに応じて、女生徒たちの姿を見届けると、手に提げた贈り物の中身を確認しながら、何事もなかったかのように、本館の方向へと歩いていき、怜花の視界から完全に消えてしまった。
一連の群像劇を見届けた怜花の全身から、一気に力が抜けていく。
憑き物が落ちた、とはこのことを言うのだろう。
突っ伏した顔に、安堵の涙がいくつも溢れ、机を濡らした。
(良かっ⋯⋯良⋯⋯良かったあぁぁ⋯⋯)
後から聞いた話によると、その日蓮実教諭を放課後に呼びつけたのは、玉野という三年生の女子だったらしい。
残念ながら、夏休み目前にして別の高校への転入が決まり、明日にはもう新居への引っ越しのため学園を去らねばならない中で、淡い恋心を抱いていた蓮実に対しささやかながら贈り物をすべく、この機会をセッティングしたようだった。
蓮実も、理由が理由なだけに、断り切れず、職員会議を数分ほど抜けて時間を作ってやった⋯⋯そんな顛末だったそうな。
「勘弁してよ⋯⋯ホントに⋯⋯もう⋯⋯」
怜花は泣き笑いのような声を絞り出すだけで必死だった。
この数日でどれだけ寿命が縮んだかしれない。
荒い息を繰り返しながら、幸いなことに未送信で済んだクライシス・メッセージを削除し、しばし呆然とする。
荒い息を繰り返しながら、幸いなことに未送信で済んだクライシス・メッセージを削除し、しばし呆然とする。
〈お務め完了! 怜花、待たせたな。こっちはバッチリだぜ~!〉
圭介、雄一郎双方から、軽薄な語調のメッセージとともに送られてきた、〈おっつー〉と間延びした文字に居並ぶ『ゆるキャラスタンプ』の姿に、思わず殺意が湧いたのは、それから、三分ほど後のことだった。
