行往坐臥(ぎょうちゅうざが)

 禅の世界では、「行往坐臥(ぎょうちゅうざが)」すべてが修行になります。行(活動すること)、往(立ち止まること)、座(座ること)、臥(寝ること)といった、日常の行いすべてを通じて自分を磨いていくのです。坐禅を組むことだけが修行ではありません。
(出典:「ニャンか、しあわせ 今日をごきげんに過ごす【禅の言葉】株式会社リベラル社)」)


 

 いい禅語ですね。

 なんでも鑑定団に出演されている中島誠之助さんのように、述べさせてもらった。

 坐禅を組むという修行をしたことがない。
 いや、何度か、あるかな? でも、鮮明な記憶はないので、ないに等しい。

 日常生活すべてが修行。
 こう書くと、辛いな・・・と思ってしまうが、普通に過ごせばいいと考える。

 善いことをする。悪いことはしない。
 正直である。素直である。
 相手のことを思う。世のため、人のために行動する。

 そうすれば、坐禅を組まなくても、いい人間になれる。
 こうしたことを心掛けることが、修行だと考える。

 修行と聞くと、難しいイメージが先行し、ハードルが高くなる。
 だから、まずは、自分ができることをする。それが最初の一歩である。
 そして、それを続けていくことで、さらにいい人間になろうという意識が芽生え、坐禅を組んだり、お寺で就業することに発展していくのだと思う。