今朝、テレビを付けたら
広島で原爆慰霊祭の様子が放映されていた。
広島の市長さん(秋葉さん?)が慰霊の言葉を述べられていて、
現在の世界情勢の中で核兵器が無くなることを望むという話をされていた
ように思う。
世界で唯一の被爆国、
この事実は、すでに若い世代では薄れつつあるのではないかと思う。
世界では、今でも多くの国が核兵器の開発を行なったり実験を行なったり、
最近では北朝鮮やパキスタン、イラク、イランなでも疑惑や実際に実験したりしている。
こういったニュースが日常茶飯事に流れ続ける中で、僕たちの核兵器に対する感覚は
確実に鈍ってきている。
だから、日本が唯一の被爆国であるということも、意識の中では薄れてきつつあるのだろう。
しかし、改めて思い直さなければならないことは、
被爆国という言葉の裏には、「被爆被害を受けた人たちがいる国」ということであろう。
確かに世界では核兵器を持っている、実験している、脅しに使う国があるけれども、
私たちは、その核兵器で他国から実際に被害を受けた唯一の国民なのである。
核兵器の保持を国益を保持する手段とすることは、世界情勢の流れの中で仕方ない部分が
あると思う。
しかし、核兵器は使えない武器であること、使ってはいけない武器であること
現実の世界の流れと、日本が経験したことをいかに世界に訴えて実現していくか、
これが重要だと思う。
つまり、核兵器が実際にあるという世界の現実において、
その核兵器で唯一、軍事的に被害を受けた国民である日本が何をすべきかである。
そういう意味では、核兵器の廃絶という事に対しては、僕は否定的である。
ま、こういいながらもでは何ができるのかということは、
まだしっかりと具体的に頭にあるわけでは無いのが、苦しいところです。はい。