2018年6月初旬☔

クリニックの医師から、検査の結果「よくないものが出た」と連絡を受けた私は、幸せを呼ぶ壺を買いに紹介状をもらうべくクリニックへと向かいます。

到着すると、午前の受付終了間近のせいか、前回来た時よりは人がまばらでした。

そして自分が最後の一人になった所で、ようやく診察室へと呼ばれます。

そこには、パソコンのモニターを見ている医師と、傍らに看護師さんが1人立っていました。

1年以上も前の事ですし
「癌かもしれない」
などと思っていないとはいえ、多少緊張していたので、詳細な会話などは覚えていません。
ですが
促され椅子に座り、医師が見ていた画面を私も見るように言われ、身を乗り出してそれを見るとほぼ同時に。

「これがね、よくないもの。癌ね。

と、唐突に告知をされた事は、はっきりと覚えています。

ただ、画面を見た所で。
それは確か全体的に紫だったかピンクだったかの画像で。
それが「拡大された細胞」らしき画像だとは理解できても、それが正常な細胞なのか異常な細胞なのかの判断もつきません。

それより何より
」って....

もちろん、受け入れられる訳などありません。

しつこいようですが私は。

・毎年人間ドックを受けていて。
・半年位前に立て続けに2度の「子宮頸がん検査」をし。
その時の診断は
閉経前の悪あがき」で。
・半月程前に腫瘍マーカーを含めた詳細な血液検査でも、腹部エコーも。
・つい2週間程前に造影剤を使用したCT検査の結果も。
特に問題なし」で。

なのになんでいきなり
癌?

私はその疑問を、当然のようにそのまま医師に伝えます。
すると医師はちょっと困ったような、けれども両方の口角は上がっているみたいな、なんとも複雑な表情で
(顔は覚えてないのに、こんな表情をしていた、は覚えている不思議(¯―¯٥))

私が調べた腫瘍マーカーは、消化器系のマーカーを調べるものであり、それに子宮系は出ない事。

手術では、母がした子宮筋腫の手術とは違い、子宮に加え、卵巣、卵管、更にはリンパ節をとらなければいけない可能性もある事を教えてくれました。

私が
「どれ位の入院になりますか?」
と聞くと
「最短で10日、最長で2週間くらいかな?」との返事。

あとは...うーん、よく覚えていませんね。
あなた位の年齢でも割と多いよ〜とか言われた気もしますが。

ただ、その時私は、泣く訳でもなく取り乱す訳でもなく。
しまった」とか「やられた」とかそんな。
何かにしてやられた感というか。
それより何より
盲点だった」と。
「いや、子宮体癌って何?」と。
今更それがいつまでも、ぐるぐると頭の中を駆け巡っていた気がします。

だからと言って。

これ以上何をどう抗っても、この現状の何が変わるわけではない。
その辺は諦めが早いです。
ですが、なかなか席を立つ事ができませんでした。

何か聞いておかなければいけない事はないか。
けど、何を聞いたら良いかわからない。
それに、聞いて確かめるのが怖い事もある。

そんな、釈然としない顔のままの私を、医師はずっと待っていて下さいました。

そして最後に私は
「なんか、怖くなってきました。」
と、ぼそっと口にしたのを覚えています。

すると、向かい合っていた医師は、膝がつきそうな位私に近づいて、私の膝をポンポンと叩き
「大丈夫」
と、言って下さいました。
顔を上げた私に
2回程うんうんと頷いてもう1度
「大丈夫」と。
色々な事がぼんやりとした記憶にある中、この時のこの言葉と心強さをはっきりと覚えています。
そしてようやく席を立った私に
「手術終わったらまた顔出して。元気な顔を見せてね」
と声をかけて下さり
「診察じゃなくても来ていいんですか?」
と、聞いた私に。
「もちろん」とまた力強く頷いてくれました。

その時私は、不便な場所にあるにも関わらず、このクリニックが混んでいる理由がわかった気がしました。
予約日に来院がなかったからと、その翌日の診療時間前に連絡をくれ、その時の打診の後、早いに越した事はないと、すぐ総合病院に予約を入れてくれて。

その医師のお陰で、私はその日からわずか2日後の朝1番に総合病院を受診する事ができました。
前回の投稿では、おちゃらけた感じに紹介してしまいましたが、今でも本当に
「足を向けて眠れません」と思う程に感謝しています。

本当にこれだけはお伝えしたいです。

婦人科検診の「子宮がん検査」には「子宮体がん」検査はなく「子宮頸がん」検査しかないという事。

また、生理に関してのお悩みにより、早めにクリニックを受診したのに、更年期や月経困難症だと診断され、症状がなかなか改善しない貴女様。
できるだけ早めに「別のクリニックの受診」も検討してみて下さいね。

では、本日も長々とお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
m(_ _)m