前回、2つの異論のうち、1つめを述べた。では、2つめは何か。
それは、「話し合いができた上での考えかどうか」と言うことである。無論1つめと関わってくる。なぜならば、この異論はそもそも別個のものではなく、説明の仕方を2つにしているだけなのだから。
そもそも、切り捨てようと考えている君たちは、その切り捨て対象者と“直”に話し合ったのかを尋ねたい。
もし、活動に来ていないから、連絡が取れないからという理由だけで、直に話し合っていないのであれば、それこそ、甚だ可笑しい問題である。
君達は、真宗を学び、またこれから先、それを伝えていくはずであろう。また法話等でも、話し合う大切さや、コミュニケーションの大切し、さらには主体性の大切等を述べたことがあるのではないだろうか。
もしそれならば、今回私が予期することと、その話の内容はどうか。
全くもって矛盾している。
もう来ない人、呼び掛けても来ない人に、こちらから呼び掛けてもムダである、なぜそこまでしてこちらから呼び掛けなければならないのかと考えた瞬間に、君達は、非仏教、非真宗であると言いたい。
また、君達のことを「口だけの人」と言うのである。
理想と現実は違えども、その理想に向けて、現実を見つめてそこへどれだけ近づけるかが大切なのである。
君達は理想は口のみで語り、現実は現実のまま自分に甘えている。そんな人が言う言葉には、重みも何もないだろう。人はそれを見抜くものである。
君達が語っていることが、偽りでないのなら、君達が切り捨てたいと思っている対象者達と“直”に会って、その旨を伝える必要がある。
もし、それすらないのであれば、君達のやっていること、やりたいことは、支配者の独占政治と何らかわりはない。
話し合う大切さを今一度見つめ直してみてはどうだろうか。
正直、ここまで厳しいことは言ってきた。しかし、君達の気持ちを全て否定し、無視しているわけではない。
私は、幹部も経験したきた。だからこそ、君達の現在の苦労、悩みにも共感できるところはある。これは嘘偽りなく、事実である。
しかし、今の君達がやろうとしている考え方には到底賛成できない。
なぜならば、先にあげた異論があり、また、短期的な解決しか見ていないからである。
問題解決のためには、問題と向き合う姿勢が必要であり、また、切り捨てるにしても、一方的に切り捨てるのではなく、“直”での意思確認をした上での【除名】いや、【退部】が望ましく、また、一番綺麗だろう。一方的にメールを送り、返事がないから、意思確認無しとみて切り捨てるでは、話しにならない。
これから先、君達が真宗を伝えていく存在であるならば、本当に今一度、考えを改めた方がいいだろう。
もし、こんなやり方をやっていては、近い将来、君達が実家へ帰り、お寺を運営していった時に、必ず、必ず頭を打つだろう。
そして、真宗の信頼すらも失うだろう。
そうなってほしくないからこそ、苦言を呈して、今回厳しく言わせてもらった。
今後、執行部が成立し、【除名】制度が特例として成立する可能性が高いかもしれない。
しかし、気を付けて欲しい。
みんなで取り決めたことに対して、監視役がいなくなったり、また、執行部や中心部だけで、その【みんなで決めた特例】を破り、執行部の都合で取捨、切り捨てするような“暴挙”にだけは出ないで欲しい。
伝道部を続ける、辞めるは、誰の意思でもなく、本人の意思以外ありえない。
そこを踏みにじり、もし、退部、除名の斡旋、圧迫、脅迫をするようなものなら、その時は、もう知らないからな。
敵に回さないほうが良い存在がいる、と言うことを知っていた方がいいだろう。
これが最後の一言である…
君達のやろうとしていることは、今一度見直して欲しい。その上で道を歩んで欲しい。決して暴挙には出るな。
以上
南無阿弥陀仏
それは、「話し合いができた上での考えかどうか」と言うことである。無論1つめと関わってくる。なぜならば、この異論はそもそも別個のものではなく、説明の仕方を2つにしているだけなのだから。
そもそも、切り捨てようと考えている君たちは、その切り捨て対象者と“直”に話し合ったのかを尋ねたい。
もし、活動に来ていないから、連絡が取れないからという理由だけで、直に話し合っていないのであれば、それこそ、甚だ可笑しい問題である。
君達は、真宗を学び、またこれから先、それを伝えていくはずであろう。また法話等でも、話し合う大切さや、コミュニケーションの大切し、さらには主体性の大切等を述べたことがあるのではないだろうか。
もしそれならば、今回私が予期することと、その話の内容はどうか。
全くもって矛盾している。
もう来ない人、呼び掛けても来ない人に、こちらから呼び掛けてもムダである、なぜそこまでしてこちらから呼び掛けなければならないのかと考えた瞬間に、君達は、非仏教、非真宗であると言いたい。
また、君達のことを「口だけの人」と言うのである。
理想と現実は違えども、その理想に向けて、現実を見つめてそこへどれだけ近づけるかが大切なのである。
君達は理想は口のみで語り、現実は現実のまま自分に甘えている。そんな人が言う言葉には、重みも何もないだろう。人はそれを見抜くものである。
君達が語っていることが、偽りでないのなら、君達が切り捨てたいと思っている対象者達と“直”に会って、その旨を伝える必要がある。
もし、それすらないのであれば、君達のやっていること、やりたいことは、支配者の独占政治と何らかわりはない。
話し合う大切さを今一度見つめ直してみてはどうだろうか。
正直、ここまで厳しいことは言ってきた。しかし、君達の気持ちを全て否定し、無視しているわけではない。
私は、幹部も経験したきた。だからこそ、君達の現在の苦労、悩みにも共感できるところはある。これは嘘偽りなく、事実である。
しかし、今の君達がやろうとしている考え方には到底賛成できない。
なぜならば、先にあげた異論があり、また、短期的な解決しか見ていないからである。
問題解決のためには、問題と向き合う姿勢が必要であり、また、切り捨てるにしても、一方的に切り捨てるのではなく、“直”での意思確認をした上での【除名】いや、【退部】が望ましく、また、一番綺麗だろう。一方的にメールを送り、返事がないから、意思確認無しとみて切り捨てるでは、話しにならない。
これから先、君達が真宗を伝えていく存在であるならば、本当に今一度、考えを改めた方がいいだろう。
もし、こんなやり方をやっていては、近い将来、君達が実家へ帰り、お寺を運営していった時に、必ず、必ず頭を打つだろう。
そして、真宗の信頼すらも失うだろう。
そうなってほしくないからこそ、苦言を呈して、今回厳しく言わせてもらった。
今後、執行部が成立し、【除名】制度が特例として成立する可能性が高いかもしれない。
しかし、気を付けて欲しい。
みんなで取り決めたことに対して、監視役がいなくなったり、また、執行部や中心部だけで、その【みんなで決めた特例】を破り、執行部の都合で取捨、切り捨てするような“暴挙”にだけは出ないで欲しい。
伝道部を続ける、辞めるは、誰の意思でもなく、本人の意思以外ありえない。
そこを踏みにじり、もし、退部、除名の斡旋、圧迫、脅迫をするようなものなら、その時は、もう知らないからな。
敵に回さないほうが良い存在がいる、と言うことを知っていた方がいいだろう。
これが最後の一言である…
君達のやろうとしていることは、今一度見直して欲しい。その上で道を歩んで欲しい。決して暴挙には出るな。
以上
南無阿弥陀仏