貢献感が人間関係を築く上でとても大事だと思っている。

私が誰かに貢献している、そう思うと頑張れることがたくさんある。

相手が気付いてくれたら嬉しいけど、相手の事を好きになったら私の行いが相手に役に立つならそれだけでいいって思えたりする。

反対に、誰かと関係を深めたい時には相手が私に何をもたらしてくれたか、どんな貢献をしてくれたかを伝えることを意識している。

 

子どもは、存在するだけで私に貢献してくれている。元気でいる、笑っている。それだけで私はホッとする。思いっきり泣いて、怒って、主張して、甘えて、命をのびのびと生きていてくれてありがたいと思う。居てくれてありがとう、って毎日言う。

子どもが大きくなってくると、お願いすることも増える。洗濯物を取り込んでとか、一緒に台所に立ってとか、もちろん私一人でできることだけれど、彼らが家庭に貢献することを奪ってはならないと思う。時間がかかってもいいからやってもらう。やった上で貴方は家庭に・私に多大な貢献をしたと伝える。貴方にはその力があると伝えたい。

 

私の父はちょっと変わり者でいばりん坊。遠方に住んでいるが、カマッテと言わない代わりに出張先からお土産をどんどん送ってくる。正直に言うと要らないなぁと思うものもあるし、自分で買えるよ~と思うこともある。でも、これがきっと父の私たちへの貢献の仕方。だからどんなものでも、全力でありがとうと言うことにしている。

そして時折、お土産がなくたって連絡をくれるだけで、関わってくれるだけで、嬉しいのよと伝えることにしている。

 

一方で、貢献を提供だけしたがる人がいる。人からのお願いは進んで受ける。けど、自分がお願いすることは絶対にしない。そんなの悪いから…人に迷惑を掛けたくないから…自分でやった方が早いから…理由はあると思うけど、バランスが悪いなって思う。

貢献はさせてもらう人に、利益がある。

「なんでもするよ、貴方はそこに座ってて」という時、相手には貢献する力のない人だ烙印を押している。あるいは、自分は貢献される価値のない人間だと宣言していることになるかもしれない。

 

あなたは相手に貢献してますか?

ちゃんと貢献してもらってますか?