この休日、たったひとりで過ごしてしまった。
別に何をしたという訳でもなく、新車を購入したディーラーに保険の話を聞きに行ったり、
腹が減ったからラーメンを食いに行ったり。
私はいま、どことなく物足りない気持ちでいる。


訳あって、3年過ごした東京を離れ、実家のある京都に戻ることになった。

東京へ来たのは、全国転勤のある会社に就職して、ダメ元で大都市希望、と
配属希望書に書いたら通ってしまったからだった。

京都といっても、私が今住むマンションの10分の1程しか人が居ない集落に、
実家はある。

そんな田舎に戻る訳だから、東京でのくらしとは正反対になる。
田舎にUターンすればたいてい、後になって「折角東京に居たのに」と、やりたかった事が湧いてきて、
後悔に駆られるにきまっている。
それが分かっているから、東京での暮らしを満喫しなければ、と無理やりやりたい事を探す。

だが、「やりたい事を探す」というのは、矛盾というか、的を射ていないように感じる。
私も大学生の頃、予定もなく講義もまばらだった時期、何かしなければ、家に居てはいけない、と
思い、宛もなく外に出て自転車(ママチャリ)を漕いでいた。
しかし、結局何をすることもなく決まった道をうろつき、外食をして、一応「家に居ては食べられないものを食べた」
という蟻のように小さな自己満足を得て家に帰る。

家に居て、何もしない日というのは、私にとってあまり良い日とは言えない。
何故なら身体が元気なのに、なんだかあれだけ待ちわびた休日を、
極端に言えば人生を無駄にしているような気持ちになってしまうからだ。
私が歳をとって、土曜日は一日身体を休めなければやってられない、というようになれば話は別だ。
しかしまだ若い。10年後にはきっと羨む26歳でいる。
そして何より、東京に暮らせるのがあとわずかなのだ。何か東京でしか出来ないようなことをしなければ。

東京でしか出来ないような事とはなにか。
東京を去る事が決まってから、やりたい事を思いつくままにリストアップし、実行してきた。
新宿や六本木のような大都会で遊ぶ、飲む、大好きな汐留の夜景を見る。
こちらでしか買えないようなもの(ブランドモノの財布)も買った。人気の飲食店にも行った。


・・・しかし、昨日今日の土日のように、多くの時間を家で過ごしてしまった。
予定は入れていなかった。いや、やりたいと思う事が特に無かった。もうやった。当然の結果だった。
そして、「家で過ごす=悪」という呪いが、私の中の物足りなさを生んでいる。
しかしこの呪いは、私の中の好奇心と行動力を思い出させてくれている。
次の休日こそは、予定を入れよう。誰かと、何かをしよう。
何か東京でしか出来ないような事を。