新学期が始まり
中学二年生になった もー は授業時間も先生方の移動にもすっかり慣れて、毎日有意義に過ごしている様子だ。

病棟で主治医の先生と話をすることがほとんどないほど、体調も落ち着いている。

なんと穏やかな日々なのだろう。

リハビリ訓練では足を床に付けて膝に体重をかけるという訓練が新たに加わった。より安定して踏み込めるように靴を履いて見る提案を先日理学療法士さんから受けた。

マジックテープで固定する市販品を、バギーに乗った時に足先を保護する目的で小学生の頃に用意していた。
人工呼吸器を1日使うようになって、バギーで登校する機会が減って、あまり靴を履く事がなくなったから、自宅に持ち帰っていた。

その靴の事を理学療法士さんが覚えていて下さって、
廊下ですれ違った時に声を掛けられた。
もう使わないだろうと諦めていた靴の事を覚えていて下さった事も、新たに活用できる可能性ができた事も、非常に嬉しい事だ。





 昨年の秋に、まだ登校時間が週に二回程度だった頃、病室での授業で先生とゆりの球根とビオラを植えた。

教室での存在感が薄い もー の印象を強めたい思惑もあって、母親の私から提案したものだ。
教材となる園芸資材や球根等も自費で用意した。

冬の間も凍らずに春を迎え、先日の参観日に見てみたら、百合が芽を出し茎が伸びていた。

もー は 心停止状態で生まれた。蘇生後も昏睡状態で脳死ではないものの、いわゆる 植物状態が長かった。
近年では 植物人間という表現はしないのかもしれないが、私は その表現を 一般的な捉え方とは全く違う見方をしている。

目に見えない命の力、奥深く秘められた命が必ず芽を出す時がくる。
春の芽吹きのように、
土深く埋もれた球根が芽を出し育つように。


 


3月。
中学生になって一年が過ぎようとしている。

お世話してくださる方々の移動があったり、新しい場所へ移るというお話を聞いたり、ここ数週間はいろいろ周りが変化している。

学校も区切りの季節になった。

春先の慌ただしさで、毎年何かしら体調を崩していた もー は、今年は落ち着いて過ごしている。
振り返れば、この時期に限らず、一年間ずっと体調を崩す事が減り、点滴治療が必要になったのは、学校の長期休みの時だけだったという成長ぶり。

そういえば、主治医の先生からの緊急連絡もこの一年はほとんどなかった。

ほんとうに成長を実感する一年間だった。



今の安定の様子を見れば、
最初から、それほど重篤な容態ではなかったのではないかと錯覚してしまうが、

出生当時を思い返しても、一番暢気に構えていた、構えようとしていた母親の私でさえ、こんなに落ち着いた成長を錯覚する事などできなかった。

教室で同学年の友達と並んでクッションチェアに座る日がくるなんて、ほんの1年前、いや数ヶ月前ですら想像できなかった事。

成長期を感じずにはいられない出来事が続いている。


 やはり、毎年の事、冬場は感染症が流行し行動制約されてしまう。

この冬の始まりは もー の体調は絶好調で学校での楽しみが増えていった。
しかし、
思うようにはいかないことが多い。

今回の始まりは、小さなお子さん達に蔓延した胃腸系の感染症。抵抗力が弱いから仕方ない。
移る事も移す事も防ぐ目的で、病棟内の出入りは医師と看護スタッフのみになってしまった。
うちの子 もー はかかっていなかったので、親のみの面会は可能ではあった。
しかし、ベッドから移動することはできず、元気なのに、行動制限をひたすら堪えなければならなかった。

そんな状況を説明してみても、どこまで理解できるのか、理解できていても、どこへも行けない状況は非常にストレスで
行動制限されてから、数日で、いつもの尿の炎症反応が出て点滴。さらに、程度は軽かったけれど、呼吸器感染で、本当の具合いの悪い人になってしまい、クリスマスも年末年始も点滴のまま過ごしていた。

本当に身体を休める冬休みになっていた。



 病棟内の胃腸系の感染が落ち着くまで、リハビリも休止で、ベッド上での僅かな自分の動きだけでは不十分過ぎて、呼吸器に影響が出るのは当然のこと。

私は専門家ではないが、もー の興味を刺激する事で体の自発的な動きを促す事はできる。
いつもよりこまめに面会に行き、お話を読んだり、好きな絵を見せたり、腕を動かしたり。学校へ通う時のバギーに乗せる酸素の袋を新しく作って、話ながら一緒に触ってみたり。

中でも良い変化が見られたのは、春になったらお買い物に出かけようと話をした時のこと。
仰向けになるためのクッションの上で、股関節を触ってみたら、硬直がすごく強くなっていた。
無理には動かせないので、話しかけながら、ゆっくり脚を触り、動きが出てきたところで力をもーの負担にならないように加えてみた。
心拍はやや変わるけれど、酸素の値は変わらない。

痛い訳ではなさそうなので、話しかけながら続けているとふっと股関節が柔らかくなり拡がった。

「車に乗る時に、ここ すー ってしてたら、前向いて座れないんだよ 」

動きのない子に向けて言うには酷い言葉にも思える。けれど、いつも お出かけを楽しみにしている もー の心にはうまく響いてくれたようだ。

こころ待ちにしている事を叶えたいという想い。希望をきちんと自覚できる事がこんなにも身体に素直に顕れる事に驚かされている。