重い脳損傷で生まれた もー の身体は、幸いと言っていいのか、筋力が抜けてしまう事はあまりなく、逆に身体全体に力が入りすぎてトラブルが起こる事が多かった。
近頃は成長のアンバランスや体内の臓器を動かす筋肉に問題があるものの、強い緊張で呼吸を止めてしまう事はなくなった。
ぎこちなさはやむを得ない。けれど身体の外側の動きは以前に比べると格段なめらかになっている。
赤ちゃんの成長で必ず通る、寝返りをうつというところには到底たどり着けないが、
腕を肩から挙げたり、脚を動かす反動で腰を僅かにずらしたり、なんとなく自分の力で世界を変えようとしているなという動きもたまにある。

持続した安定した身体の動きはなかなか困難なようではあるが。




新しい動きは大抵瞬発的で、じっと待っていても同じ動きに繋がることはまずない。
特に手は乳児期から絶望を感じていたが、指が開いて、一本の指が微かにうごいて、声に応じるように曲げ伸ばしできるまでには、何年間という気の遠くなる時間をかけて、じわりじわりと変化を見せているので、数分間眺めたところですぐ同じ動きが現れるということはまず期待できなかった。
しかし、右手は数年間のうちに自分の気持ちや意思を相手に伝えるコミュニケーション手段として成長していっていた。

誰にでもあるように左右差があって、もーは得意不得意が明確だ。
けれど、徐々にではあるが、これも変化を見せている。

右手よりも動きのなかった左手。手のひらを広げる事は左の方が良くできていたが、指を曲げる、力を入れて動かす事がほとんどなかった。
先週から動きの得意な右手には点滴が刺されてしまっている。針先を刺激しないように、左手を触りながら話掛けていたら、もーの指全体が私の手を握るように力を入れてきた。
偶然かと思い握り返したら、また指を曲げてきた。何度も繰り返してみたが、同じように指に力を入れてきた。反射的に力が入っただけかもしれないけれど、これはチャンスだといつもは音だけを楽しんでいるおもちゃを、左手に握らせてみた。
クッションにうまく支えられながらも、落とさないようにしっかりと感触を確認しているように見えた。
このごろ、新しい動きを記憶して意識的に挑戦しようとしている姿も見られるので、
以前よりも成長の変化のペースは早くなっているのかもしれない。