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メランコリック・レイニーデイ


憂鬱になってしまう。




昼過ぎから降り出した雨は止むことなく僕らを悩ませた。





夜になるとさらに勢いを増し、テントの隅には軽い水溜まりを作るほどになる。






レインコートを着て炊事場まで走る。






キャンプ用の小さなガスストーブで米を炊くのだが、うまい具合に火が点かない。


燃料が少なくなっているようだ。





残り少ない燃料で何とか米を炊き、二合の米に一人前の炒飯の素をかけて混ぜる。






プラスチックのスプーンが折れる。





負の連鎖がこれほど続くとは。







何も喋らず出来損ない炒飯を口に運びつづけ、急いでテントに戻る。






激しい雨の音に囲まれ寝袋に包まる。






Tシャツは濡れ、寒さに震えながらも包まる。






何も余計な事は考えたくない。






しかし考えずにはいられない。






-僕は何をしているんだ-






勝手な考えに自分の事ながら馬鹿馬鹿しいとすら思える。





-自分でこう望んだんじゃないかー






しかし一つの考えに囚われた僕の意思はその方向に強く引っ張られていく。





旅を止めたいと考え始める。

世の中全ての物が



人工的に創られた明かりに無数の虫が吸い寄せられるように集まりを見せる





何が楽しくて魅了されるのかは虫ではないのでわからない





ただただ群がるそれらを眺めていた







ふとその輪の中から弾かれた一匹が、僕の目の前に墜落する






何の気無しに木の棒をあてがってみる






彼はすがるようにそれにしがみつく






すると僕は棒の先端を暖炉に薪を焼べるように焚火に入れた







そこで彼の命は終わった







しかしながら疲れ果てるまで光に向かい、ぶつかっては落ちまたぶつかっては落ちいずれ力尽きるまでの彼の命、短い人生に変わりはないのではと思ってしまう









全ての物は何かの代替品なのではないかと思ってしまう







焚火はコンロの代わり






焼いた虫は暇つぶしの玩具といったところか






テントは住居の代わり







機械は人の代わり








友人は僕の事を親友と呼ぶが、それは現時点で彼の中で親友というスペースが空いているから1番身近にいた僕を当て嵌めているのではないか






後に僕と会う日々が少なくなり今の僕のように彼の身近にいる人が現れた場合、その時も彼は僕の事を親友と呼ぶのだろうか






―僕は新しくその人が現れるまでの代替品なのではないか―







そんな事を考えている僕は彼を親友と呼ぶ事ができるのだろうか







―彼は僕にとっとも代替品なのではないか―








唯一絶対と言える他人はいるのだろうか。

本場と言われる物はイッときたいのが男の性分


いつの間にか岩手である。



前に何処でブログを更新したか忘れたが、宮城ではコンビニに置いておいたバイクを倒されていて泣きそうになったりした。





色んなパーツが曲がったりした。




私の心も軽く曲がった。






というより折れかけた。







すきっ腹にアルコールを流し込み、身体中に染み込ませた後フラフラになった。






何とか折れかけた心とバイクを応急処置し、ここまで来た。




岩手である。







まぁ既に岩手には入っていたのだが、今日は盛岡市という県庁所在地であり冷麺発祥ということでも有名な所に来た。






早速駅の観光案内にて冷麺のお店を聞いた。


観光案内のお姉さんは得意気に冷麺屋の沢山載った地図を出してくれた。





顔立ちの整った美しい人だったので、訪れる人々全員に向けられるであろう営業スマイルにトキメキを隠せなかった私と友人をどうか責めないで欲しい。




適当に決めた店に入り本場の冷麺とやらを注文した。





単刀直入に言う。






これはあくまで私自身がとある店で食した冷麺の感想であり、全ての盛岡冷麺に対した感想ではないが、、、





千葉の焼肉チェーン店でいつも食べてるやつの方が舌に合う。




というか好きである。






キムチがちょっと甘かったのも少し気になってしまう。







盛岡の方々には申し訳ないが、これは飽くまで私自身のそのとある店に対しての感想であり、盛岡全体を批判しているわけではないことをここに追記しておく。

眠りつく前にもう少しだけ

キャンプ場には沢山のテントが張ってあり、泊まっている人々も様々である。




周辺の地域に住む家族の団体、おそらく大学生の集団、そして異文化コミュニケーションよろしく外国人の方々等である。





私達のテントのすぐ近くには、言葉から察するに周辺地域に住んでいるであろう家族数組で構成されている団体さんである。





寝床につきながらも彼らの会話はやかましく聞こえてきてしまい、またつい聴き入ってしまうものでもある。


そうなってしまった以上、私の脳はフル稼働してしまい心地よく眠りにつくことなど叶いはしないのであった。




ここで断っておきたいのだが私の一人称が『私』だったり『俺』だったり、文章の書き方や方向性がイマイチ統一性がなかったりするのは、その時の余裕や気分や読んでいる小説の影響だったりするのでそこはノータッチで行かせていただく。







さて話が少し逸れてしまったが、隣の家族達の話である。




小学生低学年くらいの子供達4、5人とその親達であろうか。





子供達は皆明るく、親達もアルコールが入っているらしく上機嫌である。




ある子供は『ドレミの歌』を小学生特有の下品な替え歌にして皆大爆笑。




ある親は怖い話と称してオチはおかーちゃんが1番怖いという何かよくありそうな話をする始末である。



私はお化けや怖い話の類が苦手なので、彼の話は拍子抜けと安堵が半々であった。





ふと調子がよくなっている親と外国のLadyが挨拶をしているのが耳に入る。



Ladyの腹式呼吸から放たれるネイティブな『Hello!』。


対するは訛りバリバリのアルコール中年が発する『はろー』らしき言葉。




ヒョードルVS子犬のようなものである。






なのに何故そんなに自信に満ち溢れているのか??





アルコールとはこうも人を強くしてしまうのか。





そんなアルコールの効果について思考を巡らしている私の横で、ビールを350cc飲んだだけの友人が寝息をたてている。


この話は続く…かもしれない。

実は3日目

旅3日目に入った。



福島県の仁井田浦キャンプ場なる所をねぐらとし、2夜目である。





昨日着いたのだが、無料な上管理人がいないため何泊でもできるという俺らからすれば『ウッヒョ~』な待遇の為、此処に落ち着いている。てゆーか甘えている。





童心に還って海にも入ってしまった。


寄せては返す波の力を利用して泳ぐという友人発案の非生産的な遊びを飽くることなくし続けた。




流石に疲れが見えはじめ、『俺達いい年してなにやってんだ』的な空気が流れ始めたので、海遊びは終幕の運びとなった。


また機会があれば2人のテンションと共に海遊びの幕が上がるのかもしれないが、それはまた別のお話。


というより日焼けによる痛みがそれを許さないのである。


もう日焼けというレベルに留まらない。

やつは確実に俺の体を侵食し続けている。



向こうに見える外国人達の陽気な音楽とヒリヒリとした腕の痛みを抱えて今日も眠りにつくこととしよう。