1
ティーカップから芳ばしい蒸気が漂ってくる。
棚引いては宙に溶ける蒸気の向こう側、窓によって区切られた景色に眼を移せば、蒼と橙が広がっていた。
その2色の正体は、空を覆う入梅晴と校庭に広がるグラウンドの赤土だ。
そのグラウンドを駆け巡る部活生の掛け声がエアコンのために閉め切っている4階生徒会室にも確かに伝わって来ていた。
「うん、いい感じだ」
僅かに笑みを浮かべ、自然に零れた独白に頷き、髪の長い生徒は紅茶を口に運ぶ。含んだ紅茶の程よい甘さに笑みが深くなるのを感じた。
えへへ、とやや締まりが無い笑い声が漏れた事に、少しだらしないだろうか、という思いが浮かんだが、構わないだろうと自己完結する。
しかし、
「美命、何ほくほく顔になってんのよ、アンタは」
「そこが良いんだよカオルコ、眼福ってやつさ」
声は二つ。
共に、女性の物だ。
前者。呆れた口調の少女、薫子は言い終わると同時に紅茶を一口。
それに対する今しがた呆れられた方、山吹・Arkwright・美命 は、振り返りの動作の慣性として、その長髪を揺らし、
「悪いね。でもこれ、私のクセみたいなものだからなぁ」
頭を掻きつつ、バツが悪い表情をする美命を弁護するように、もう一人の少女が口を出した。
「いいじゃんか。そこがミヤたんの可愛いところなんだからさ」
むしろあんなスマイル見れたんだから役得だろ? と、こちらに目を配らせつつ、薫子に右手を向け同意を求める。
こちらは健康的でハスキーな声音と口調のノリからボーイッシュな印象を与えてくる。
助け舟を出された美命だが、その表情は先程と同じ物だ。むしろ、先の困り顔よりもどこか”哀”の部分が加味されたように取れなくも無い。
そして表情として浮かんだ心境を強調するように、
「悪いけど火登 、私としては褒めてくれるのは正直言って有難迷惑なんだけど……。
それに言っているけど名前に”タン”付けるの禁止!」
最後は少しきつめの一瞥と共に言い放つと、火登は夏だというのに、ブレザーを纏い白い手袋をはめた両腕で驚愕の意を表現すると、
「な、何故にっ!? 考えてもみなよミヤたん!」
口元を押さえていた右手を強く握り締め、胸元に引き寄せるや、そこから一気に捲くし立てる。
「柳の如く抵抗を感じさせることなく流れる長髪、毛先に至るにつれて変化するそのどこか憂いを感じさせる薄い金と銀のコラボ! ご覧の通りしっかりと”天使のわっか”ができている辺り、手入れは抜群! 色素の薄い瞳もポイント高いよな。また、しっかりと目鼻が整っている顔だが、決して彫りがきついわけではなく、そのバランスたるや完・璧そのもの! それだけではなく――(前略)――でありながらも色香漂う全体像はまさに――(中略)――は、洋の東西のおいしい所だけを持ってきたようなもんだ。まだまだあるぞ。何気にマニアックな部位と思われがちな腹だが――(後略)――なのである。以上のことから導き出される答えは1つ! 『ときよ止まれ、お前は美しい!』。それなのに、それだというのにッ。嗚呼、神よ。無知とは罪だということかパッ!?」
「えらく即物的で長い説明ありがと。でも最後に”ファウスト”がでるあたりどうよって感じよね」
捲くし立てていた生徒会長、相馬 ・火登 が顎を天井へ向け、そのまま椅子に崩れ落ちた。
見えはしなかったが、薫子のスカートのポケットから護身用のブラスナックルがでている辺り、凶器はあれだろう。
「…………」
いつもの事ながら人間離れしたつっこみに言葉を失っていた美命が、当の加害者こと薫子と目が会うと、
「ふふ、どうしたのミヤ、そんな怯えた顔して。馬鹿はほっといてお茶会の続きでもしましょう」
お茶会ではなく定例会、という言葉が頭に浮かんだが、未だポケットから覗くブラスナックルの前に口から出る事は無い。誰だって命は惜しい。
「いや、なんというか――」
そのかわりというように、
「その馬鹿だけど……生きてる?」
ピクリともしない生徒会長を見て、少し頬を引き攣らせる美命に対して、
「大丈夫よ、だって軽く顎の先端撫でただけだし。まぁ、勢いだったとはいえ同じ女の顔をぶっちゃったのは失敗ね。次からは延髄を狙うわ」
「そ、そうなんだ……」
色々と言いたいことがあるが、それが最後の言葉となるのは避けたいのでやはり口を出ない。
二の句のないこちらの様子から会話が終了したと判断したのか、薫子が美命の自作のケーキを食していく。その加速度的な勢いは、頭数を減らすために火登を気絶させたのでは、と思わせるほどだ。
未だ動かない生徒会長と一人ケーキを消滅させていく館花 ・薫子 を交互に見比べ、美命は一つ溜息を付いた後、
「薫子さん、がっつかなくてもケーキまだあるから。それにそんなに食うとかさばるよ、横に」
「――ぐっ!?」
最後の一言でガトリング砲じみた消費能力を誇っていた薫子の暴食が一瞬で詰まる。
幾度か咽た後、薫子は紅茶を喉に流し込み一息つくと、何事も無かったかのように振る舞い、
「万祭の件だけど、生徒会の出し物について何かある?」
「今ごまかしたよね」
ウッサイ、と言い捨て副会長は続ける。
「ちなみに去年は大学部との合同よ。うちら高等部と大学部との親睦を深めるって意味も兼ねていたらしいわ」
「んで、内容は?」
いつの間に復活を果たしたのか。無傷の火登は、紅茶に常温にした牛乳を混ぜつつ会話に参加する。
その生徒会長を、美命と薫子は半眼で眺めつつ、
「肝心の中身は、大学部新開発の衝撃吸収材の実用テストも兼ねた人間射的でね。件の材質製の全身タイツを着た的をこれまた大学部新開発の暴徒鎮圧用エアガンで撃ちまくるのよ。ちなみに的の胸元にはでかでかと”負け犬”って書いてあって、タイトルは『犬追物』」
「情操教育に悪そうだなぁ…」
「否定はしないわ」
こめかみを押さえながら昨年の企画所を眺めて両者、溜息。
おお、面白そうだな、とのたまう生徒会長はこの際無視と決める。
そういうわけだから、という前置きから薫子は話を続ける。
「さすがにこうもエキセントリックな物はお上から、ご法度だ、なんて言われちゃってさ。できれば今年はもう少し穏便な方向で行きたいわけ」
どこか苦労人めいた発現に薫子を除いた二人で首肯。
何か案はないものか、と思考を巡らせるが、そこまで冴えた頭脳を持ち合わせているわけではないので妙案は浮かばない。
他の二人はどうなのだろう、と確認してみれば、
「んん~~」
薫子はこちらと同じように思案し、火登は茶請けのビクトリアサンドケーキを注視している。
――あちらもお手上げか……。
三人集えば文殊の杖とも言うし、なにより自分を除いた二人は高等部二年でも高い成績を誇るので期待はしたが、実際の所成績の優劣と頭の良さは比例する物でも無いらしい。
――ん?
と、おもむろに火登がこちらを向いた。
「なぁ、ミヤたんのケーキ出すって難しい?」
そう言い、フォークに突き刺したケーキをこちらの眼前に持って来る。
目の前に突き出されたケーキに美命は一瞬たじろぎ、そして思案し、
「別に出すことは問題ないかなぁ」
そう、難易度の点なら度外視だ。
クッキー、スポンジケーキ、チーズケーキ、シュークリーム、ムースにパイ、etc――。種類によって製作時間や必要とする材料の違いこそあれ、基本さえ守れば食べられる物は作れる。
例えば、今回自分が差し入れとして用意したビクトリアサンドケーキなど、かつてはビクトリア女王のお茶会に供されたなどと仰々しい由来を持つが、肝心の作り方はスポンジケーキの間にジャムを挟み、熱尾は粉砂糖でデコレーションするだけというなかなかお手軽な一品だ。
どの分野でも言えることだが、ある程度のレベルへ到達するのは割りと容易なことである。
――まぁ、そこから上へレベルアップすることがすごく難しいけどね。
よって、難易度の点は問題なし。多少不味かろうが所詮は高校生の出し物なのだからご愛嬌と言うやつだ。
ただ、問題があるとするならば、
「量がなぁ…」
「量?」
漏れた独白に対し反応した薫子に頷いて見せ、
「うん数量。個数の問題。客に出すならケーキを一ホールってわけにもいかないから。仮に八等分されたケーキ一切れを百個出すにしてもホール単位で十三個必要って計算になるね」
指折り、計算を終え、切り分けたケーキを口に運ぶ。
程良く酸味の効いたラズベリージャムの甘みが舌に広がる。
少し気分が落ち着く、やはり考え事には甘いものがいい。
「ホール単位で六、七個作って、”五十個限定”みたいなノリでレア感を煽れば少ない数でも問題ないわよね?」
どうかしら? というこちらへの問いかけ。答えは分かりきっているだろうが、飽くまでもこちらの意思を尊重する姿勢に対して、美命は首肯一つで同意を示す。
それを見て、生徒会ツートップは満面に笑みを湛ええ、
「助かるわね。実際、あんたの洋菓子作りは結構レベル高いから戦力になるわ。現に美命の差し入れの有無で執行部の参加人数倍近く変わるから…」
現金なものよね、という薫子に対し、火登が、
「それお前もだろう。まぁ、右に同じだよなー。私らのクラスでもミヤたんのおやつに肖ろうって考えるのは男女関係ないし」
心から言っているのであろう謝辞に美命は自然に笑みが浮かぶのを感じる。よく周りから指摘される”煽てに乗りやすい癖”も”笑い癖”と並んで厄介な物だ。実際、この悪癖で面倒事を負うことも多い。
――でも、うれしい物はうれしいんだよなぁ。
率直過ぎる自分の感性に少し呆れるが、それよりも褒められたことのへの嬉しさが勝る。
にやける美命を見て、火登が満面の笑みのまま、その両手に何か服のような物を抱えている。
一瞬、美命の精神が警告を発したが、今はそこまで気が回らない。
そんな美命に対して、火登は二度頷いて見せ、
「ミヤたんも乗り気で助かるよ。あとは、これさえ着てくれれば完璧なんだけどさー」
だから、というように服がこちらへと差し出され、
「ああ、わかっ―――」
差し出された服を前にして、促音で句が止まった。
ティーカップから芳ばしい蒸気が漂ってくる。
棚引いては宙に溶ける蒸気の向こう側、窓によって区切られた景色に眼を移せば、蒼と橙が広がっていた。
その2色の正体は、空を覆う入梅晴と校庭に広がるグラウンドの赤土だ。
そのグラウンドを駆け巡る部活生の掛け声がエアコンのために閉め切っている4階生徒会室にも確かに伝わって来ていた。
「うん、いい感じだ」
僅かに笑みを浮かべ、自然に零れた独白に頷き、髪の長い生徒は紅茶を口に運ぶ。含んだ紅茶の程よい甘さに笑みが深くなるのを感じた。
えへへ、とやや締まりが無い笑い声が漏れた事に、少しだらしないだろうか、という思いが浮かんだが、構わないだろうと自己完結する。
しかし、
「美命、何ほくほく顔になってんのよ、アンタは」
「そこが良いんだよカオルコ、眼福ってやつさ」
声は二つ。
共に、女性の物だ。
前者。呆れた口調の少女、薫子は言い終わると同時に紅茶を一口。
それに対する今しがた呆れられた方、山吹・Arkwright・
「悪いね。でもこれ、私のクセみたいなものだからなぁ」
頭を掻きつつ、バツが悪い表情をする美命を弁護するように、もう一人の少女が口を出した。
「いいじゃんか。そこがミヤたんの可愛いところなんだからさ」
むしろあんなスマイル見れたんだから役得だろ? と、こちらに目を配らせつつ、薫子に右手を向け同意を求める。
こちらは健康的でハスキーな声音と口調のノリからボーイッシュな印象を与えてくる。
助け舟を出された美命だが、その表情は先程と同じ物だ。むしろ、先の困り顔よりもどこか”哀”の部分が加味されたように取れなくも無い。
そして表情として浮かんだ心境を強調するように、
「悪いけど
それに言っているけど名前に”タン”付けるの禁止!」
最後は少しきつめの一瞥と共に言い放つと、火登は夏だというのに、ブレザーを纏い白い手袋をはめた両腕で驚愕の意を表現すると、
「な、何故にっ!? 考えてもみなよミヤたん!」
口元を押さえていた右手を強く握り締め、胸元に引き寄せるや、そこから一気に捲くし立てる。
「柳の如く抵抗を感じさせることなく流れる長髪、毛先に至るにつれて変化するそのどこか憂いを感じさせる薄い金と銀のコラボ! ご覧の通りしっかりと”天使のわっか”ができている辺り、手入れは抜群! 色素の薄い瞳もポイント高いよな。また、しっかりと目鼻が整っている顔だが、決して彫りがきついわけではなく、そのバランスたるや完・璧そのもの! それだけではなく――(前略)――でありながらも色香漂う全体像はまさに――(中略)――は、洋の東西のおいしい所だけを持ってきたようなもんだ。まだまだあるぞ。何気にマニアックな部位と思われがちな腹だが――(後略)――なのである。以上のことから導き出される答えは1つ! 『ときよ止まれ、お前は美しい!』。それなのに、それだというのにッ。嗚呼、神よ。無知とは罪だということかパッ!?」
「えらく即物的で長い説明ありがと。でも最後に”ファウスト”がでるあたりどうよって感じよね」
捲くし立てていた生徒会長、
見えはしなかったが、薫子のスカートのポケットから護身用のブラスナックルがでている辺り、凶器はあれだろう。
「…………」
いつもの事ながら人間離れしたつっこみに言葉を失っていた美命が、当の加害者こと薫子と目が会うと、
「ふふ、どうしたのミヤ、そんな怯えた顔して。馬鹿はほっといてお茶会の続きでもしましょう」
お茶会ではなく定例会、という言葉が頭に浮かんだが、未だポケットから覗くブラスナックルの前に口から出る事は無い。誰だって命は惜しい。
「いや、なんというか――」
そのかわりというように、
「その馬鹿だけど……生きてる?」
ピクリともしない生徒会長を見て、少し頬を引き攣らせる美命に対して、
「大丈夫よ、だって軽く顎の先端撫でただけだし。まぁ、勢いだったとはいえ同じ女の顔をぶっちゃったのは失敗ね。次からは延髄を狙うわ」
「そ、そうなんだ……」
色々と言いたいことがあるが、それが最後の言葉となるのは避けたいのでやはり口を出ない。
二の句のないこちらの様子から会話が終了したと判断したのか、薫子が美命の自作のケーキを食していく。その加速度的な勢いは、頭数を減らすために火登を気絶させたのでは、と思わせるほどだ。
未だ動かない生徒会長と一人ケーキを消滅させていく
「薫子さん、がっつかなくてもケーキまだあるから。それにそんなに食うとかさばるよ、横に」
「――ぐっ!?」
最後の一言でガトリング砲じみた消費能力を誇っていた薫子の暴食が一瞬で詰まる。
幾度か咽た後、薫子は紅茶を喉に流し込み一息つくと、何事も無かったかのように振る舞い、
「万祭の件だけど、生徒会の出し物について何かある?」
「今ごまかしたよね」
ウッサイ、と言い捨て副会長は続ける。
「ちなみに去年は大学部との合同よ。うちら高等部と大学部との親睦を深めるって意味も兼ねていたらしいわ」
「んで、内容は?」
いつの間に復活を果たしたのか。無傷の火登は、紅茶に常温にした牛乳を混ぜつつ会話に参加する。
その生徒会長を、美命と薫子は半眼で眺めつつ、
「肝心の中身は、大学部新開発の衝撃吸収材の実用テストも兼ねた人間射的でね。件の材質製の全身タイツを着た的をこれまた大学部新開発の暴徒鎮圧用エアガンで撃ちまくるのよ。ちなみに的の胸元にはでかでかと”負け犬”って書いてあって、タイトルは『犬追物』」
「情操教育に悪そうだなぁ…」
「否定はしないわ」
こめかみを押さえながら昨年の企画所を眺めて両者、溜息。
おお、面白そうだな、とのたまう生徒会長はこの際無視と決める。
そういうわけだから、という前置きから薫子は話を続ける。
「さすがにこうもエキセントリックな物はお上から、ご法度だ、なんて言われちゃってさ。できれば今年はもう少し穏便な方向で行きたいわけ」
どこか苦労人めいた発現に薫子を除いた二人で首肯。
何か案はないものか、と思考を巡らせるが、そこまで冴えた頭脳を持ち合わせているわけではないので妙案は浮かばない。
他の二人はどうなのだろう、と確認してみれば、
「んん~~」
薫子はこちらと同じように思案し、火登は茶請けのビクトリアサンドケーキを注視している。
――あちらもお手上げか……。
三人集えば文殊の杖とも言うし、なにより自分を除いた二人は高等部二年でも高い成績を誇るので期待はしたが、実際の所成績の優劣と頭の良さは比例する物でも無いらしい。
――ん?
と、おもむろに火登がこちらを向いた。
「なぁ、ミヤたんのケーキ出すって難しい?」
そう言い、フォークに突き刺したケーキをこちらの眼前に持って来る。
目の前に突き出されたケーキに美命は一瞬たじろぎ、そして思案し、
「別に出すことは問題ないかなぁ」
そう、難易度の点なら度外視だ。
クッキー、スポンジケーキ、チーズケーキ、シュークリーム、ムースにパイ、etc――。種類によって製作時間や必要とする材料の違いこそあれ、基本さえ守れば食べられる物は作れる。
例えば、今回自分が差し入れとして用意したビクトリアサンドケーキなど、かつてはビクトリア女王のお茶会に供されたなどと仰々しい由来を持つが、肝心の作り方はスポンジケーキの間にジャムを挟み、熱尾は粉砂糖でデコレーションするだけというなかなかお手軽な一品だ。
どの分野でも言えることだが、ある程度のレベルへ到達するのは割りと容易なことである。
――まぁ、そこから上へレベルアップすることがすごく難しいけどね。
よって、難易度の点は問題なし。多少不味かろうが所詮は高校生の出し物なのだからご愛嬌と言うやつだ。
ただ、問題があるとするならば、
「量がなぁ…」
「量?」
漏れた独白に対し反応した薫子に頷いて見せ、
「うん数量。個数の問題。客に出すならケーキを一ホールってわけにもいかないから。仮に八等分されたケーキ一切れを百個出すにしてもホール単位で十三個必要って計算になるね」
指折り、計算を終え、切り分けたケーキを口に運ぶ。
程良く酸味の効いたラズベリージャムの甘みが舌に広がる。
少し気分が落ち着く、やはり考え事には甘いものがいい。
「ホール単位で六、七個作って、”五十個限定”みたいなノリでレア感を煽れば少ない数でも問題ないわよね?」
どうかしら? というこちらへの問いかけ。答えは分かりきっているだろうが、飽くまでもこちらの意思を尊重する姿勢に対して、美命は首肯一つで同意を示す。
それを見て、生徒会ツートップは満面に笑みを湛ええ、
「助かるわね。実際、あんたの洋菓子作りは結構レベル高いから戦力になるわ。現に美命の差し入れの有無で執行部の参加人数倍近く変わるから…」
現金なものよね、という薫子に対し、火登が、
「それお前もだろう。まぁ、右に同じだよなー。私らのクラスでもミヤたんのおやつに肖ろうって考えるのは男女関係ないし」
心から言っているのであろう謝辞に美命は自然に笑みが浮かぶのを感じる。よく周りから指摘される”煽てに乗りやすい癖”も”笑い癖”と並んで厄介な物だ。実際、この悪癖で面倒事を負うことも多い。
――でも、うれしい物はうれしいんだよなぁ。
率直過ぎる自分の感性に少し呆れるが、それよりも褒められたことのへの嬉しさが勝る。
にやける美命を見て、火登が満面の笑みのまま、その両手に何か服のような物を抱えている。
一瞬、美命の精神が警告を発したが、今はそこまで気が回らない。
そんな美命に対して、火登は二度頷いて見せ、
「ミヤたんも乗り気で助かるよ。あとは、これさえ着てくれれば完璧なんだけどさー」
だから、というように服がこちらへと差し出され、
「ああ、わかっ―――」
差し出された服を前にして、促音で句が止まった。