まちびと -188ページ目

他人

ここは大手町。

日本有数のジャンクション。

五つの地下鉄が混じり沢山の人が流れていく人間交差点。

地下鉄から地下鉄への乗り換えは組み合わせによっては結構な距離を歩く。混雑時はうねるように人の波ができる。あまりの人の数ゆえに駆け出すことも、逆に、のんびり歩くことも許されない。周りに合わせて、ただ流れるのみ。

気がつくと前に男と女が並んで歩いていた。女は黒のパンツ。白いブラウスにおとなしめなベルト。ショルダーバッグも地味だがコンビネーションがいいのか品よく見える。髪は後ろでざっくりと結んであり歩くたびに揺れる。男はスーツ。クールビズらしく半袖のワイシャツからわりとたくましい腕が伸びている。

言葉を交わしているわけでも、視線を交えているわけでもない。ただ、同じペースで歩いている。

ふと女の手が男に触れた。歩きながら振る手がたまたまぶつかったかのように。男は何も反応しない。女もまた。

もう一度、そしてもう一度。女の手の甲が男に触れる。

そのまっすぐな通路も終わり近いあたりで女が顔を上げた。男の顔を見る。一秒にも満たない間。

その横顔は意思を感じる強い表情をしていた。そして本当にわずかだけ微笑を浮かべて。
通路が終わり、男と女は右と左に分かれた。一言も交わさないまま。

僕は観察者からただの通行人に戻り人並みに紛れた。

二人が言葉を交わさない理由を想像しながら。


(2010/04/09)

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