まちびと -187ページ目

白く輝く

昨日一大決心をして買ったパンプスの評判が悪い。

しかも靴ずれが出来て痛い。

でも、あたしがいらいらしてたのはそのせいだけじゃない。

この春の昇給は全社的に見送られた。勿論昇格も無い。当たり前のようにトトビッグが当たらなかった。誘われて入ったバンドではちょっとした揉め事発生。そのせいでドラムの子が脱退。いまじゃボーカルのあたしとギターの子の二人きり。二人じゃ流石にバンドとは言えないのでその他大勢を募集。そして早三ヶ月、一人も応募が無い。したがって活動もまったく無い。あんなに盛り上がって募集かけたのにな。一人くらい応募あってもいいのに。あたしのビジュアルが問題なのか。それとも年齢かな。来月には二十八歳。そしてきっとあっという間に二十九、三十、四十、五十。ここのところマイナス要素だけ増えていく気がする。あれほどあった選択肢がどれもこれもいつの間にか消えている。

この先、どうなるんだろう。

17時35分。

真っ先にオフィスを飛び出す。といって行く当ては無い。ただ職場に居たくなかっただけだ。地下鉄に乗る直前で携帯に着信。ギターの子だった。

「いま電話大丈夫ですか?」

「平気。募集あった?」

「いえ、全然」

「そっか。どうする?もうあきらめる?」

「なんですかそれ。あの熱い誓いをもう忘れちゃったんですか?」

「忘れた。つか二人じゃしょうがないでしょ」

「しょうがないこと無いでしょう。二人でも出来ることはあると思います。俺は毎日練習してますよ」

「ふーん」

「いっぺんに大きなものは手に入らないですよ。1日1日、地道に頑張るしかないでしょ」

五つも年下の男に説教されるのはあまり愉快ではない。しかも携帯もって立ち止まってると靴擦れがズキズキと痛む。職場から解放されたことで若干持ち直した気分がまたどろりと澱んでくる。

「とにかく俺は諦めてないですから。今日はあの楽器屋のスタジオ借りてます。その連絡です。21時まで取ってますんで。俺待ってますから」

「わかった。気が向いたら行くよ」

「どんなことも無駄じゃないはずです。それじゃ」

暑苦しい電話を切って私は歩き出す。躊躇せずに自宅へ向かう車両に乗る。スタジオのある駅は反対方向だ。

どんなことも無駄じゃない?まったく、よく言うよ。世間知らずなのか熱血馬鹿なのか。あたし自身それまで積み重ねてきたことがすべて無駄になったことがあるし、そんな目にあった人を何人もみた事がある。世の中はね、頑張った分報われるとか、そんな風にはできて無いんだよ。あっちにぶつかりこっちで小突かれて、そうしてぼろぼろになって最後は死ぬの。大体無駄じゃないって言うならいま携帯で話してた時間。これこそ無駄じゃん。あたしは足が痛いだけだし。おかげで電車一本遅れたし。あいつはあたしを呼び出すの失敗してるわけだしね。無駄無駄。時間も電話代も全部無駄。

そんなどろどろした思いを抱えたまま電車は乗り換えの着いた。ドアが開いて人々が流れ出す。あたしもその流れに乗る。

電車を降りてふと見上げたあたしの目に飛び込んできたもの。

それは真っ白に輝く「1日1日」の文字。

「1日1日、地道に頑張るしかないっしょ」

奴の声がリフレインする。無駄なもの。無駄じゃないもの。流れていくもの。立ち止まるもの。なにかが頭の中に淀んだままあたしは足を止め、人の流れに逆らって白く輝くそれを見てた。

1日1日が18時19分になり、あたしは呪縛から解き放たれて、そして。


(2010/04/12)

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