村上春樹作品にはよく〈とりかえしのつかない傷〉が出てくる。「ねじまき」では妻は部屋の隅っこで置き去りにされた荷物のように泣いている。この〈傷〉は「中国行きのスロウ・ボート」の「大丈夫、埃さえ払えばまだ食べられる」と反響しあっているように思う。大丈夫なものと大丈夫ではないもの。

村上春樹「中国行きのスロウ・ボート」は〈日本〉で〈中国〉のひとたちと出会う話で、日本のあちこちで中国的なものと遭遇し、僕は生と死ととりかえしのつかない何かを考えていく。「行かないと思う中国も天国も/なかはられいこ」という句を思い出す。それを意識しつつも、あきらめた何かを知ること。