杉浦マンガが好きでときどき読み返すんですが、杉浦マンガのおもしろさはなんだろうと思いながら読んでみると、たぶんそれはひとつ、空間描写にあるとおもうんですね。

「袖もぎ様」という短編にはいつも家の前を通っている男に恋をした女の子の話がでてくるんだけれど、もう嫁にいかなくてはならないのでその恋がかなわないこともわかっている、それでもその男のひとが気になるっていうのを1コマの見開きであらわしたのがこのコマなんですね。



で、みひらきで読者は彼女の内面に唐突に出会うと同時に、このみひらきでさまざまな象徴になかば暴力的に遭遇するわけです。

投げ出された鏡は彼女が内面を捨てなければならないことを意味しているし、豪華な着物や物がたくさんあるなかでそれを避けるようにつっぷす彼女はその〈捨てた内面〉のなかだけでしか欲しいものがなにもないのが一瞬でわかる。でもそれはさびしい孤独とかではなくて、陰影のつけかたでわかるように凄絶なんですよね。妖怪なんじゃないかとおもうくらいに。

この線を幾重にも重ねた厳しく激しい陰影のありかたが彼女が大胆な人間であることもあらわしている。つまり制度のなかで嫁にだされるような人間でありながらも、自律した行動原理ももっているかもしれないということ。実際このあと彼女は大胆な行動にでるんですね。

で、それは空間処理のしかたでわかってくるものなんです。そして杉浦さんが江戸という時代設定を好んだのも、せまさとくらさという時代がすでに請け負っている空間処理のしかたという財産が生きるからだったのではないかとおもうんです。