丸善階上喫煙室小景彼を知っている 多数のヒトは 彼を神経衰弱だと 評した。 彼自身は それを 自分の性質だと 信じていた。 人としての 彼は孤独に 陥らなければ ならなかった。 けれども 一方ではまた 心の底に 異様の 熱塊がある と云う自信を 持っていた。 だから 索莫たる荒野の 方角へ向けて 生活の路を 歩いて行きながら 温い人間の血を 枯らしに行くのだとは 決して思わなかった。 夏目漱石『道草』