彼を知っている

多数のヒトは

彼を神経衰弱だと

評した。

彼自身は

それを

自分の性質だと

信じていた。


人としての

彼は孤独に

陥らなければ

ならなかった。


けれども

一方ではまた

心の底に

異様の

熱塊がある

と云う自信を

持っていた。

だから

索莫たる荒野の

方角へ向けて

生活の路を

歩いて行きながら

温い人間の血を

枯らしに行くのだとは

決して思わなかった。


   夏目漱石『道草』