彼女いない歴=年齢・26歳の彼女できるまで日記

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  地下道を歩きながら、
  加地は涙ぐむほどあわててゐた。
  これは、いつたい、
  なんといふことなのだ。
  なにが始まつたといふのだ。
  貧乏にのど首を絞め上げられて、
  すでに断末魔の狂態すら
  演じはじめている甲斐性なしの、
  いはば人生の落伍者が、
  十代の少年のやうに、
  出しぬけに、
  狂はしいばかりに
  人を愛しはじめたりしたら、
  これはもう、
  恥かしい道化芝居ではないか。
  しかし――。
  もはやこの世になんの望みもなく、
  追ひ詰められた落伍者なればこそ、
  ただ一筋に、
  かすかに胸にさしこんだ
  真実の気配にすがりつき、
  己れの一切をそれに賭けずには
  ゐられなくなるのではないか。
  無意識のうちに、
  その一筋に自己のよみがへりを
  賭けてゐるのではないだらうか。
  最後の賭――それがいま、
  世の下積みに押しひしがれた青年を
  つかんだのかもしれない。



太宰治が情死して、

ぽっかり空いた朝日新聞の連載のあとがまを

受け継いだのが船山だった。

実は、平林たい子の予定だったのだが、

逃げたのである。

準備もととのわず連載を開始した船山は、

無理を通すため、連日大量のヒロポンを注射した。

幻覚、幻視、幻聴、生き地獄のなかで

切々と太宰への弔いの意味で

『人間復活』を書き継いでいった。

で、船山は、太宰へのオマージュとともに

ドストエフスキーのさまざまなテクストを

戦後実存主義と溶解させあいながら、

焼け野原となり荒廃した東京を

亡霊のように歩きながら、

それでも己の存在を「ジ・エンド」にたくすひとびとの

挽歌というとんでもない連載小説を書いてのけた。

そこにはスタヴローギンもいれば、

マルメラードフもいる。

マルメラードフは、

岩でも崩れ落ちるようにソーニャに恋をする。

成就しようもない卑屈な恋だ

横領をし、人生に倦んだマルメラードフは

ソーニャに恋をし、涙ぐみ、あわてふためき、

それでも片思いのまま、かけぬけ、

善人であったはずなのに、

いつしかとんでもない悪心にかられながら、

それでも彼は

大地に口づけをし、

ジ・エンドからの出発を祈る。

マルメラードフは、ラスコーリニコフに

復活を、その転身を、はかろうとしている。