チェーホフ『桜の園』第四幕



ロパーヒン;



Don't laugh at me!

If only my father and grandfather

could rise from their graves

and see all that has come to pass,

see their Yermolay,

their beaten, barely literate Yermpolay,

who used to run about in winter barefoot,

see that same Yermolay buy the estate,

the fairest thing on earth.

I have bought the estate

where my grandfather and father were slaves,

where they weren't even allowed into the kitchen.



I am asleep,

I'm only dreaming this,

it's only illusion....

It's the fruit of your imagination,

shrouded in a mist of uncertainty...



 笑うんじゃねえ!

 わたしの父さんと祖父さんが

 墓からその身を起こし、

 そうしていま実現された

 このいっさいがっさいを目の当たりにしたら、

 ねえ、あのイェルモライが、

 ムチでぶちのめされていた、

 あの読み書きもできない

 イェルモライが、

 まったくあのイェルモライが

 この園を買うんですよ、

 地上でいちばん美しいこの園を。

 わたしが買ったんだ、

 わたしの祖父さんや父さんが奴隷だったこの場所、

 台所にさえ踏み込むことを許されなかったこの場所を。



 ねむっているとでも、

 夢をみているだけとでも、

 幻想にすぎないとでも……、

 そんなのあなたの想像の産物なんです、

 それもぼんやりした霧に包まれたものだ。 



* shroud ; to cover




感想


衝迫すさまじいシーン。

誰よりも、何よりも

過去への妄執をいだいていた人間は

ロパーヒンであったということがわかる瞬間。



現在から抑圧され続けた過去と

過去を抑圧し続けた現在が、

その一瞬にして線をむすび、

像(かたち)をふちどっていく。



イェルモライという自らさえ含めた

過去の亡霊が、

現在の墓場からよみがえり、

亡霊たちは現在のロパーヒンのもとに

一括して昇華される。



桜の園からは

すべての生者が

はじきだされ、

死を約束された者(フィールス)だけが

その場にたたずんでいる。



彼は、もう、この園を

抜け出ることはできない。



錠はおりているのだ。