素敵だ!
豪気な世の中になったぞ!
……内儀(かみ)さん、おい、
朝餐(あさめし)だ朝餐だ!……
フォルスタッフ
*
【カロリー①~アンチ・ヒーローのでぶ~】
《シェイクスピア『ヘンリー四世』
&『ウィンザーの陽気な女房たち』》
@文学における
最大にして最悪の
太っちょは、
フォルスタッフなのではないか。
シェイクスピアの生み出した
<偉大なる>臆病騎士。
貪欲で、知恵が働き、
陽気で、多弁、ほら吹きで、
寄食者とののりられながらも、
誰にも模倣することができない
フォルスタッフ。
浮気現場から、
汚い下着とともに籠に詰めこめられ
運び出され、
果ては
老婆の扮装をしてたたき出される。
ショーペンハウアーの
止め処なく、
わきあがる、どろどろとした
意志の世界が、
いま高カロリー高脂肪の贅肉をつけて
戦場を往く。
【カロリー②~不条理のでぶ~】
《スワヴォミル・ムロジェク「笑うでぶ」》
@でぶの家は、
でぶで、みちみちている
(もちろん家自体でっぷりとしている)。
買い物にいくでぶ。
ペンキを塗る2人のでぶ。
枝を刈り込む3人のでぶ。
ローラーをひく4人のでぶ。
料理をする5人のでぶ。
みな一様に体を揺すり、笑っている。
地球儀も風見鶏も、みな、でぶだ。
もちろん、犬もでぶ。
でも、家の奥の奥の方にいたのは、
<やせこけて筋張った男>。
なるほど、
不条理のトポスを形作るのに
なにも毒虫になる必要はないのだ。
わたしたちの日常は
でぶという不条理にみちみちて
いるではないか。
ある朝、めざめると
わたしは、でぶになっている。
【カロリー③~装置としてのでぶ~】
《レイモンド・カーヴァー「でぶ」&
「ダイエット騒動」》
@ある日、レストランに
でぶがやってくる。
プフップフッて
音なんか立ててる。
でも、ウェイトレスの「彼女」は
でぶに出遭ったことで
人生が変わり始める。
「彼女」の人生は
いま変わりつつある。
でぶは語る、
私だってもし選べるものなら
太らないでいたい、と。
近代小説の装置は鉄道だったが、
現代小説は装置としてのでぶを
発見する。
【カロリー④~肥大する自己意識のでぶ~】
《ウディ・アレン「肥満質の手記」》
@アレン風味の『地下室の手記』。
アレンの再帰的な饒舌さと
ドストエフスキーの饒舌さには
たしかに通ずるところがある。
アレン自身は、やせっぽちだけれど、
『カメレオンマン』では
立派な太っちょに変身。
【カロリー⑤~モードとしてのでぶ~】
《ミゲル・ド・セルバンテス『ドン・キホーテ』》
@このスペインの
「やせノッポとちびデブ」の二人組みの
系譜が、ローレル&ハーディへ、
そしてボヤッキーとトンズラーへ
つながっていくのではないだろうか。
【カロリー⑥~待っているでぶ~】
《サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』》
@日本のゴドー上演はそうではないけれど、
海外のゴドーは、
でぶとやせで演じられてきた系譜が
あったようだ。
現代小説は出来事が起こらず、
物語も進まないため
キャラクターたちが
太っていっても
しようがないと思われる。
ちなみに
ゴドーには髭が生えているそうだが、
でぶかどうかは知らない。
【カロリー⑦~妖しいでぶ~】
《竹原春泉「寝肥(ねぶとり)」『絵本百物語』》
@妖怪として
認定されてしまったでぶ。
でぶ、というのは
意味論的にも此岸と彼岸の境を
うみだしてしまうのだろう。
妖怪とは、此岸からの
視線が醸成していくものだ。
現代にはびこる「寝肥」は
みごとに資本主義と結託し、
市場の妖怪になってしまった。
【カロリー⑧~病めるでぶ~】
《作者不詳「肥満の女」『病草紙』》
@こうみてくると、
でぶも極めて記号論的な課題
だとわかってくる。
医学とは、
名別し、差異化し、
解釈していく点において、
記号論的実践の謂いに他ならない。
【カロリー⑨~オノマトペのでぶ~】
《モーロア『デブの国とやせっぽちの国』》
@デブ都。デブサハラ砂漠。
タラフク大公。プー元帥。
ズングリ伯爵。デカデブ32世。
肥えたオノマトペの酒池肉林。
【カロリー⑩~物語の肥大(でぶ)化~】
《ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』》
@でぶる権力。でぶる睾丸。
将軍の丸焼き。少年二千人の爆殺。
多面化するモノローグ。
マジック・リアリズムとは
日常を、日常のままに
肥大化していくこと
だったのだろうか。
百七年以上百三十二年未満の
大統領の孤独。
刻(とき)も孤独も太っている。
【処方上の注意】
《フランツ・カフカ『飢餓術師』》
@太っちょ文学を読みすぎて、
文学メタボになったひとは、
上記のものをのみくだすとよい。
*
……さ、さ、
何か面白い唄を!
もう大分晩いや。
寝ようぜ。
な、忘れてくれるな、
おれが居なくなったからッて
フォルスタッフ