新年会の感想を書こうとか、去年の自分を振り返ろうとか、色々考えてたんですが、それどころではなくなりましたね。
1月13日、ジュリアの卒業が発表されました。
公式リリースは21時だったかと思いますが、
仲の良いオタクとのラインで突然それを知ることとなりました。
なのでいわゆる「大切なお知らせ」をドキドキして開くというよりは、
パッと見てこの情報が飛び込んでくる形となり、なんというか、
あまりに突然すぎてビックリしたというのが第一印象です。
で、今も色んな考えが落ち着いたわけではないのですが、
色々と考えすぎてしまうのでこうして書いていくことで整理しようというのと、
今の感情を自分なりに残しておこうというので、
とりあえず考えるままに書いている、という流れでここに至っております。
僕はあんまり察しが良い方ではないというか、
正直、「この日」がこのタイミングで来るとは思ってませんでした。
こういうことがあった時に
「あると思ってた」
と言えればそれっぽいんでしょうけど、
たぶん僕自身のスタンスとして、
「それ」を可能性として考慮しながら見ていないのだと思います。
まぁそれを察してたから偉いとか察してないから弱いとか、
そういう話でもないと思いますし、僕は僕なりにジュリアと向き合って、
その結果として今この日が来たことを受け止めています。
でもなんだろう、お知らせを聞いてまず自分自身について感じたのは、
「思ったより受け入れてるな」
ということです。
公式のリリースを見ても、決断もコメントもジュリアらしいなぁと思ったし、
そこで悲しみや後悔の気持ちが先に出てくるというよりは、
納得感があるというか、ジュリアにとって幸せな決断なのであれば良いというか、
そんな感じで、納得している(ように感じる)自分がいました。
そしてそこでさらに思ったのは、
卒業の報に触れてある程度納得できている自分を見ると、
自分にとって良い推し方ができていたのかなぁ、と。
もちろんそんなのは人によってそれぞれですけど、
いざ推しが卒業するとなった時に
「あれもやっておけば良かった」「もっとこれをしたかった」という心残りや、
「なんで」という納得できない感情がそこまで出てこないのは、
(もちろん熱量が下がっている状況というのも要因としてあるでしょうが、)
やっぱり「やり切った」というか、
自分なりの100%を出し切って推すことができていたからなのかな、と思います。
卒業の話を他と並列して語るのは好きではないですし、
それぞれに個別の事情があるから別物だというのもわかってはいますけど、
正直、ばんちゃんの退部の報に触れた時よりは落ち着いている自分がいます。
推しでもないメンバーの時より衝撃が少ないの?と思われるかもしれませんが、
あの時はアイドルオタクの入口も入口で、
好きなグループから人がいなくなるという体験も初めてだったし、
こうした諸行無常があるということに対する感覚も今と昔では違いますし、
何より、当時は本格的に応援しようと決意した矢先の出来事で、
まだ全力を出せていなかったのは大きいのかな、と今になって改めて感じています。
そしてこれはちょっと脱線というか藪蛇というか、
余計な話になってしまうのかもしれませんが、
辞めるタイミングを自分で選べたのであればよかったな、とも思います。
これもよそ者が言及するのが難しい点はありますけど、
最近はスタダ関連でおそらく会社都合でのグループ解散の報が流れてきたりと、
「続けたくても続けられない」、
つまり「アイドル自身が選んでいない」行先を見ることになるケースもありますが、
ジュリアが自分で考えて、自分が幸せになるために選ぶことができたのであれば、
それだけですごく大きな価値があるし、
オタクの予後(?)としても、
「ジュリアが自分で選んだ道なのであれば」
と納得しやすいというか、受け入れやすいような気がしています。
そう考えると、今の路線で拡大したことを僕はあまり受け入れられていないし、
文句ばっかり言うようになっちゃっていますけど、この文脈においては、
「選べる立ち位置」を手にしたという点で意味があったのかもしれません。
うん、そうですね。
ジュリアがジュリアのために選んだ道なのであれば、それで良いのかなと。
僕はこれまでメンバーの今後について考える時も、
「彼女たちが望む限りはとき宣でいてくれたらいいな」
「彼女たちが望む限りはとき宣でいられたらいいな」
とずっと思っていて、それは逆に言うと、
アイドル側が望まないのであれば無理にいる必要はないというか。
ジュリアが望む限りはとき宣の杏ジュリアでいてくれたら嬉しいし、
ジュリアが望む限りはとき宣の杏ジュリアでいられるように応援したいという
気持ちもありますけど、他ならぬジュリアがそれを選ばないのであれば、
ジュリアにとってベストな選択がとき宣ではない道なのであれば、
それはジュリアの人生なので仕方のない話です。
こんなんオタクは頭ではわかっている話で、
それでも納得できない!という方もいるでしょうしそれを否定はしませんが、
僕はこの考えが占める比重が大きいと自分で感じていて、
だからこそ今のところは比較的受け入れられてるのだと思います。
まぁそんなん言って、この先自分がどう感じるかはわからないですけどね。
こんな感じで平気だよ~みたいな書きぶりですけど、
シャワー浴びながら特典会で話すこと考えてたらボロボロ泣いちゃったり、
今までの色んな出来事をあてもなく思い出したり、
特に考えがまとまらずにめちゃめちゃぼーーっとしちゃったり、支障は出ています。
寂しくないと言ったら嘘になりますし、これから先、
少なくとも「とき宣の杏ジュリア」を見ることは永遠になくなると思うと、
どれだけ納得していようと、その日が来る心構えはしていようと、
それはやっぱり心に来るものはあります。
僕自身はかなりひねくれた考え方でして、
最近のモチベや自分のやり切った感もひっくるめて
「グループがいつ終わっても良い」
という感情を持ちつつ、そしていつその日が来ても後悔がないように過ごしてて、
だからジュリアの卒業もある意味で大きな考え方の枠内ではありますし、
そのスタンス自体はジュリアの卒業を経ても変わっていませんけど、
そんな僕でも、悲しいものは悲しいですね。うん。
僕自身にはある種の納得感があって、
でもやっぱり(アイドルとしての)今生の別れになると悲しい気持ちがあって。
僕がとき宣の現場に通うようになってから7年。
ジュリアを推すようになってからは6年。
僕にとってジュリアはもはや人生の一部と言っても過言ではないし、
ジュリアにたくさん救われて、ジュリアに生きがいをもらって、
そんな人が自分の目の前から(少なくともアイドルとしては)いなくなると思うと、
穴が開いたような感情にはそりゃなります。
そんでもって、今はまだ序の口っぽいこの「実感」がいつ来るかって、
たぶん、ジュリアが辞めた後のライブなのかな、と身構えています。
僕が仲良くしていただいているオタクにはばっしょーの瀬田さん推しの方が
多くいらっしゃったんですが、その方々からよく聞いたのは、
「ステージにいない時に実感がわいた」
ということです。
感覚的にはすごくわかるし、
僕はとき宣の「ライブ」にアイデンティティが凝縮されてるタイプのオタクなので、
きっと、ステージを見てもジュリアがいない時とか、
ジュリアのパートだったところで他のメンバーが歌っている時とか、
その瞬間に、僕の大切な場所からジュリアがいなくなったことを実感するような、
そんな予感がしています。
まぁだからと言ってどうすることができるわけでもないし、
ゆーてジュリアと会った時も色々考えて泣いちゃう気がしますけど、
ジュリアがいなくなる過程それ自体はもちろん、
ジュリアがいなくなった「後」がちょっと怖いな、と思ったりはします。
そしてこうしてジュリアを推してる話をしていますが、
僕はいわゆる「推しが2人いる」人種でして、そうなると
「でもおはるはいるんでしょ?」という問いが発生します。
でもこれはそう簡単な話でもなくて、
おはるがいるから推しの一人がいるのはそりゃ事実ですし、
完全にジュリア「しか」見てない人に比べたら、
この先も軸が残っている状態なのだとは思います。
しかしだからと言って「じゃあ切り替えておはる単推し!頑張っていこう!!」
というわけではないというか、
そういう覚悟で2人推しを自称しているわけではないし、
そこは代替可能なものでもないので、
おそらく周りが思うほどうまくいくものではない気がしています。
あくまで僕の主観ですし、現実問題として成立しないのはわかってますけど、
推しが2人いるのはリスクマネジメントでもなんでもなくて、
「喜びも悲しみもかかる費用も2倍になる」生き方なので、
これから先、おはるを見ながらも片手落ちの感じと言うか、
上で述べたような感情がよぎるのかな、と危惧しています。
まぁ僕はこうした推しとの別れが完全に初めてなので、
いざその瞬間に自分がどう感じるかは机上の空論というか想像でしかなくて、
こう言いつつも4月以降はおはるだけに熱中して元気なのかもしれないし、
やっぱりジュリアがいないと物足りなくて結局足が遠のくのかもしれないし、
それはぶっちゃけわからないですけど、
このわからなさも今の感情なので、そのまま書き残しておきます。
ここで少し話が変わって、ジュリアのこと。
ですが、僕がわかることなんかほとんどありません。
けっこう長い期間ジュリアは「辞める」ことを考えながらステージに立っていて、
でもプロとして変わらない姿を見せてくれていて、
そんなプロのアイドルに対して、
アイドルとしての顔しか見ていない僕が「こうに違いない」と言えることはないし、
そんなこと僕には到底わかるはずもないです。
ジュリアのコメントを見て思いを馳せる気持ちはもちろんあって、
このコメントはこういう意味なんだろうか、こういう考えを持っていたんだろうか、
とか、たくさん考えて、ここにも少し書いてはみたんですけど、
それが正しいかと言われるとわからないし、的外れな気もするし、
結局僕にはわからない話なんだからといったん全て消してしまって、
でもその考えも含めて書いて整理してもいいんじゃないかと思って書いて、
またやっぱり違うと思って消して……を繰り返しています。
僕はいつもブログでああだこうだ言って、
あたかも色々わかったような顔をして偉そうに話してますけど、
それはあくまで「僕が見た世界」というか、アイドルとしての側面だけであって、
こうした時にその「本人」が何を考えてるかなんて、
究極的にはやっぱりわからないんですよね。
それがアイドルとファンの関係で、
それをわかった上で好き勝手言うのもまたその関係のひとつの特徴ですけど、
いざこうした「生身」にごくごく近い部分まで考えを巡らせると、
それはやっぱり安易にわかった気にはなれません。
(特にジュリアはそのへんわかりにくい気もしますし)
まぁでもだからこそ、このブログの序盤で話したように
「ジュリアが考えたことだから」「ジュリアが選んだ道だから」
と思えるのかもしれません。
アイドルでない一人の人間としての彼女が考えることは究極的に僕にはわからない、
その前提があるからこそ、
彼女の決断を決断そのものとして受け入れる準備ができるような感覚があります。
なのでジュリアが実際どう考えてるかはわかりませんし、
それは仲の良いオタクとの飲みの席であーだこーだ言うくらいにしておきますが、
何度も言うように、ジュリアが考えた選択なのであれば、
それはもうジュリアのものなのかなと、そう思います。
ふう、気づけばたくさん書いた気もするし、
でもまとまらない中で考えたことはキャッチしきれていない気もするし、
なんだか難しいものですね。
あと最後に、個人的にすごく大事にしたいな、と感じたこととして、
ジュリアに幸せになってほしいし、俺も幸せにならなきゃな、
ということがあります。
前段は当然というか、ジュリアが幸せでいることが一番望ましいことなので、
ジュリアにとって最も幸せな道がとき宣ではないとしても、
その先は僕から観測できる範囲ではないかもしれないけども、
ジュリアにはその先で幸せになっていてほしいな、という想い。
そして後段は少し感覚的で説明が難しいんですけど、
「ジュリアに幸せをもらった者として、ジュリアに顔向けできる道を歩みたい」
みたいな感情です。
これは僕がオタクになり始めた初期にはなかった感覚で、昔の僕は
「生きがいもないカスみたいな世界だけど、アイドルのためにだけ生きる」
「俺はとき宣で生きながらえてる、とき宣が終わったら俺の人生も終わり」
くらいの破滅的な思想で応援していたんですけど、少なくとも今は、
それとはほぼ真逆といってもいい考えを持つようになりました。
だってなんか、
ジュリアがアイドルとしてこんなに幸せにしてくれたのに、
そのオタクはジュリアがいなくなったら破滅しました、
みたいなのって、ジュリアが報われないというか、
ジュリアがその身で僕を幸せにしてくれたのであれば、
僕は幸せにしてもらった者として、ちゃんと幸せになる責任があるというか、
そんな気がしていて。
「ジュリアのおかげで幸せだよ!」と言い続けるために、
ジュリアのおかげで生きがいを見つけたこの人生を、
ジュリアがいなくなった先でも幸せにし続けたいんすよ。
とき宣に出会う前はカスみたいなモチベでなんとか生きながらえていた僕にとって、
ジュリア(とおはる)は、
僕に人生を与えてくれた恩人と言っても過言ではありません。
だから、その恩人に顔向けするために、
僕は恩人にもらった人生を幸せなものにしたいんです。
(実際にできるかは知らんけど)
これから先、ジュリアがどういう道を進むのかはわかりませんが、
少なくとも確実に、とき宣の杏ジュリアと顔を合わせることはなくなります。
なので「俺は幸せだよ!」と直接伝える場はもうなくなるでしょうが、それでも、
ジュリアに対して顔向けできる自分でいたいというか、これから先もずっと、
僕が勝手に心の中でジュリアに対して「ジュリアのおかげで幸せだよ!」と言える、
そんな道を進めたらいいなと考えていますし、
ジュリアが僕の観測できないどこかにいたとしても、
きっとジュリアがジュリアらしく生きているであろうことを考えて、
それを励みにして人生を歩んでいこうと思います。
まぁすごく簡単に言うと、僕が一方的に心の中でジュリアに対して
「お互い幸せになろうね!」というキショムーブをかましているということですね。
よー知らんけど。
そんでもって、とき宣と出会う前の自分を思い返すと結構ひどかったので、
とき宣がいなくなった先の人生を幸せなものにする目途がついているわけでは
ないですけど、それでも、心持ちとしてはそんな感じです。
というわけで、長々と失礼しました。
冒頭に書いた通り、
これはあくまでお知らせがあったその日に感じたことを書いてるだけなので、
支離滅裂な部分があったり、整理できていない部分もあったりしますし、
僕自身の考えも少し時間が経てば変節するかもしれないですけど、
それも含めて今この瞬間の感情として書き出しているものなので、
そのへんはご了承ください。
これから先、
ジュリアが卒業するまでの約2ヶ月、そしてジュリアがいなくなった後、
僕自身がどんな気持ちになっているか想像がつかない部分もありますが、
推しと過ごす最後の時間も、そこで感じる色んな感情も、
無駄にせず過ごしていけたらいいなと思います。